約 2,507,921 件
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/2845.html
日が落ちようとしていた。 廃棄区画に近い寂れた街の路地を抜け、歳月に負けて整然と並べられた面影を残しつつ所々崩れてしまっている道を光太郎は踏みしめていく。 顔見知りになった年かさの女性に挨拶して、光太郎は家路を急いでいた。 整った顔立ち。量販店の服ではない、ウーノが用意していたスカリエッティの研究所にいた頃に用意された服を身に着けた光太郎に彼女らは愛想良く挨拶を返した。 ウーノが転がり込み、光太郎の暮らしぶりは否応なく変わった。 光太郎だけなら構わなかったのだが、光太郎自身のなけなしのプライドにかけて廃墟で滝をシャワー代わりにして暮らすことは出来なかった。 たとえそれが快く思っていないウーノとはいえ、だ。 首都クラナガンの外れで光太郎は安アパートの一室を借りた。 地球より文明が発達したミッドチルダでは4畳半風呂なしなんて物件は存在しないらしく光太郎が予想していたよりは良い物件を紹介してもらうことが出来た。 身元不明の光太郎とウーノに妙に暖かい視線を向けた管理人が何か勘違いしていたような気もしたが、光太郎は深く考えないことにしている。 「光太郎、そんなに急いでどうしたの?」 「…ウーノ」 声を掛けられた光太郎は足を止めて振り向いた。 微かに眉を寄せた表情をしたウーノが買い物袋を抱えて、脇道から現れる。 光太郎も微かに険のある表情でウーノを待ち、彼女の持っていた袋を強引に持つ。 抱えていた荷物を何も言わずに取り上げて歩き出した光太郎の背中に苦笑を投げかけ、ウーノは光太郎を追いかけて隣に並んだ。 「余りいい気はしないでしょう? 別に手伝っていただかなくてもいいわ」 「この方がマシだ」 「そう? ならお願いするわ」 特に会話もなく二人は歩いていく。 並んで歩く姿は、他人が見れば若夫婦のように見えなくもない。 だが二人の間に流れているのは剣呑な雰囲気だった。 「ところで今日はちゃんと働いたんですか」 「…いや、ちょっと見過ごせない事件が起きてさ」 「……光太郎、まさか貴方またバイトを首になったの?」 「すまん」 深々とウーノはため息をついた。 肩を落とす光太郎を目を細め見上げる。 「ドクターの世話になりたくないと言う理由については理解しますわ。私も遠からず敵になる貴方をドクターが支援するのは納得がいきません。ですが」 「わかってる」 苦い顔をする光太郎に、ウーノは追及の手を緩めなかった。 「なら、何故遊んでいるんです?」 「遊んでなんてないさ」 苛立ったように微かに眉を動かしてウーノは隣を歩く光太郎を見た。 「私達を圧倒する程の改造人間が、普通の人間に混じってジャンクフードの配達をしているのが遊んでいるのでなくて何なの」 「……表立って管理局に目をつけられるようなこともする気はない」 ウーノは何か言おうと口を開き、頑固な光太郎の性格等を考えて諦めたように一層深くため息をついて「何か手を考えましょう」と言った。 それっきり二人は押し黙り、アパートの一室に戻るまで何もしゃべらなかった。 帰宅した二人は一人は食事の用意に、一人は風呂の用意をして食事が出来るまでの時間を潰す。 今日の食事当番はウーノで、光太郎は殆ど荷物のないキッチンと続いている居間で夕飯が出来るのを待っていることにした。 同じ部屋で寝るわけにもいかないのでウーノの部屋は付いているが、光太郎の部屋はない。 光太郎の分の小部屋が付いている物件には手が出なかった。 情けない話だがこの部屋自体もウーノが発見した物件である上に、バイトを次々に首になる為家賃もウーノと半分ずつ持ち寄っているのが現状だった。 大家も身分証も無い光太郎が、美しい妙齢の女性を連れた訳ありに見えたから部屋を貸してくれたようなものである。 余りに甲斐性なしの自分に少し凹む光太郎と自分の二人分の夕飯を作るウーノは、凹んでいる光太郎に少し感心していた。 嫌な女の為に部屋を借り、その為に増やしたバイトを首になっては小言を言われても未だにこの部屋に戻ってくるなんて、変わった男だと。 光太郎自身はあの廃墟で暮らしていてもなんら支障はなかっただろうに、とも思う。 ドクターの世話をしていた時の習慣で部屋は綺麗にしているが、情報端末はウーノの部屋にしかなく荷物も少ないこの部屋では娯楽も無く所在無げに座っている位しかできる事がない。 そんな部屋に帰ってくるなんて私ならしないわねと、苦笑が浮かんだ。 最近そんな風に思い、少しかわいそうになってきたので料理には手をかけるようになったせいで夕飯はまだ出来ない。 もう少しかかると、光太郎に言おうとしたウーノが振り向くと、光太郎の姿は無かった。 光太郎が着ていた服が脱ぎ捨てられ、床に散乱していた。 恐らく変身した時に破けてしまうのを嫌ってのことだろう。 開けっ放しの窓から吹く風が、ウーノの髪を揺らす。 予想通り、机の上にこれ見よがしに置いておいたスカリエッティの目的の邪魔になりそうな凶悪犯罪者の記事が床に棄てられているのを見て、ウーノの顔には自然と笑みが広がった。 光太郎が凶悪な事件に首を突っ込んでバイトをよく首になってしまうのを見かねたウーノはそれをドクターの為に利用することを思いついた。そう大したことではない。 ウーノの持つ先天固有技能フローレス・セクレタリーは、レーダーやセンサーの類に引っ掛かることの無い高性能なステルス能力と共に高度な知能加速・情報処理能力向上チューンの事でもある。 それとスカリエッティの研究所経由、管理局に潜入しているナンバーズ2番ドゥーエにも協力させて手に入れた管理局の情報を使い、ドクターの目的を阻害する要因となる犯罪者を光太郎の耳に入れることにしたのだ。 その結果光太郎は、ウーノから囁かれる情報に疑問を呈することもなく管理局も手を焼いているその犯罪者達を捕らえ、管理局へと引き渡している… 『光太郎が私と手を取り合う気になるまで戻ることは許さない』 スカリエッティを怒らせ、ウーノはそう言われ放逐された。 そんなことはありえないとしか思えないウーノは、途方にくれた。 スカリエッティに付き従う事以外に生きる理由は無いウーノにとっては死刑宣告のようなものだった。 だが今はこうして光太郎をうまく使いスカリエッティの夢を実現する手助けが出来ていると考えれば、この暮らしもなんとも楽しいものだった。 だから近所の住人に光太郎との関係を勘違いされていようが、光太郎が所謂駄目亭主状態だろうが構いはしない。 ウーノは「世話のかかる男だわ」と零しながら脱ぎ捨てられた衣服を一枚一枚集めていった。 戻ってきた時に下着まで丁寧に畳まれて置かれているのを見て光太郎は物凄く嫌そうな顔をするので、丁寧に畳んでいった。 ウーノに声をかけずに部屋を飛び出した光太郎は、RXの姿へと変身を完了しアパートや雑居ビルの間を飛び跳ねていた。 時速300kを超える速度で走り抜けることも可能とする両の足は、一般人の目には留まらぬ速さを維持しながら幾度も人家の屋根や古い柱を音もなく蹴っていく。 声をかけずに出てきたのは、ウーノへどう言うべきか決めかねているせいだった。 いつも料理を並べている小机に置いてあった紙面には犯罪者の情報が載っていた。 その犯罪者が何を行ってきたか、今何を行おうとしているのか。どのあたりにいると思われるのか。 どうやって調べたのかは光太郎にはわからないが、実に詳しく書かれていた。 情報の真偽に関しては疑っていない。 共に暮らし、何度か殴り込みをかけるのに協力してもらう内に光太郎の力を利用しようとしているウーノの思惑、その背後にあるスカリエッティへの忠誠をひしひしと感じているからだ。 (勝手極まりないが)光太郎にとっては知った以上は見てみぬふりなどできない。 そんな者の情報を、ウーノは的確に用意し…今夜もまた光太郎は動き出した。 だがこの犯罪者を見つけ出し、管理局に叩き出すのは間違いなくスカリエッティの利になる。 利用されているだけなのだと湧き上がる感情に、この犯罪者を捕らえる方がより悪い事態を招くのではという考えさえ浮かんでいた。 そのせいで気持ちがふらつき、少なからず情が移りつつある彼女へ礼を言うべきかそれとも不審を露にするべきか…光太郎は戸惑っているのだった。 この世界に来てから、自分は弱くなっている。 はっきりと気持ちを定められずにいる自分に、そう考えざるを得ない光太郎は高速で市街地を抜け、高層ビルの屋上で足を止めた。 建築されてから軽く百年以上は経過した街の高層ビルの一つ。 平らな屋上の隅で急停止した光太郎、RXは眼下に広がる古い町並みを見下ろす。 一見目新しく見えるビル群、遠くに見える廃棄都市区画…ミッドチルダに立ち並ぶ多くの建物は遠い昔に築かれたものだ。 廃棄都市区画などを含め景観の観点から、次第に文化財として、過去を伝える遺物として保護され、行政の区画整理も個人の建て直しも間々ならないのだという。 最近はそれに加えてデザイン的にも好まれているらしく、廃棄都市区画の整理が進むのはより遅くなる見込みだ。 そんな事情を光太郎に教えたウーノは『そのせいで未だに本局のエレベーターは紐で吊っているとか言うジョークがあるくらいよ』と苦笑していたが… 故郷の大都会に似た雰囲気の街並みは、光太郎の心に複雑な感情を沸きあがらせる。 ざわつく心は、しかし光太郎の目から見れば奇妙なデザイン…率直に言えば、角張ったデザインの車などを見て静まっていく。 光太郎の感性から言うと、格好悪いことこの上ない。 詳しい理由は知らないが、恐らくこの世界の人間達とは致命的なほど感性が違うのだろうなと光太郎は思った。 真下に広がる街並みのどこかに、今日わざとらしく教えられた犯罪者は隠れている。 RXの超感覚を総動員し、光太郎は目的の犯罪者を探していく。RXはビルの屋上から飛び跳ね、微かに腕を振るい位置を修正して高層ビルの天辺から路地へと飛び込んでいった。 目標を発見したからではなかった。 今度も、急激な落下に伴って発生したエネルギーを全て足だけでいなした光太郎は、気配に気付き顔を上げた男達に告げた。 「そこまでだ。その女性から離れろ」 二人の女性を囲み、押し倒している男達と、女性のバッグを漁る男達が耳障りな言葉で目の前に現れた怪人を罵り、刃物と杖をちらつかせた。 突然現れた怪しく、不気味なバッタ男に対する恐れが彼らの目の奥に見え隠れしていた。 何も言わず、光太郎は女性に跨っていた男の胸倉を掴み上げ、武器代わりとでも言ったようにバッグを持っていた男の頭に振り下ろす。 彼らの中である程度認められていたのか、反応する暇も無く崩れ落ちた男二人を見て恐慌に陥った男達が逃げていく。 光太郎は逃げていく男達の背中に二人を投げつけ、襲われていた女性にバッグを返した。 「大丈夫か」 衣服をはだけられた二人の女性はRXの、爛々と光る赤い瞳。逆光となった街灯に照らされた姿と男達を撃退した力に怯えていた。 襲われた直後だという状況も手伝い、彼女の一人が泣き叫んだ。 RXの感覚はやっと誰かがやってくることを理解させる…光太郎は床を蹴り、目標を探しに戻っていった。 一瞬でビルの上にまで到達したRXは目を凝らし、耳を澄ましていく。 彼女らが助けられたことがRXの耳には聞こえていた。 それ以上の情報も知ろうと思えば知ることができたが、意識的に彼女らのことを除外して他の場所を探していく。 更に耳を澄ますと周囲の様々な声が届いてくる。 人々の営みの中に紛れる声や匂いや、生命の反応自体を拾い上げていく。 その中に、聞き覚えのある声もあった。 「あの時はもう駄目かと思ったぜ」 どこかの飲み屋らしい。 先日、管理局には突き出さなかった男の声だった。 「そんな化け物相手にどうやって切り抜けたんだ? まさか…またあの手か」 「勿論だぜ。あの話にあそこまで見事に引っかかるような間抜けがまだいるとは思わなかったがな」 RXは先ほどとは別のビルの屋上に着地した。 目標ではないため普段ならすぐに別の相手を探る所だったが、なんとなく…なんとなく光太郎は耳を傾けた。 酔っているらしいことも伝わってくる彼らの笑い声からすると、気分良く飲んでいるらしい。 「ははッひっでー! お前も良くやるよ」 一緒に飲んでいる男が茶化した笑い声を上げた。 何かを飲み干して、誇らしげな声で逃がした男が言う。 「フフ、嘘は言ってないさ。まぁちょっとばかし大げさに言っちまったかもしれないけどな。見た目の割りに案外、人を信じやすい怪人でよぉ!」 「だけどお前。いい加減にしねぇといつか刺されるぜ? 俺は気にしないからいいが…俺みたいに本当にそんな目に会った奴もいるんだからな」 棘のある口調で言っていることが何なのか、光太郎にも直ぐにわかった。 「わかってるって! お前の話を聞いて俺も話を膨らませようとおもったんじゃねぇか…でもな、あーちっくしょう、嫌なことを思い出しちまった…」 「…なんだお前、まさかまだ引き摺ってんのかよ。シグナムだっけ? 振られてからもう何年たつんだ?」 「うるせー! 俺の兄貴をボコボコにしたくせに…糞ッあの女こそあの怪物に殴り殺されちまえばいい…!」 男が心底悔しそうにテーブルを叩く音がした。 連れの男は、その姿を見て堪えきれずにまた笑い出した。 「っくっく、あんま笑わせるなよ。…話は変わるが今度俺と一つでかいヤマを張らないか? 分け前は保障する」 逃がした男は、すぐには答えなかった。 だが「構わないぜ。そろそろほとぼりも冷めるだろうし、懐が寂しくて寂しくて…」 RXはそこまで聞いた所で、その男がもたれかかっていた壁を破壊した。 力任せに、強引に砕かれた建材が散らばり、粉々になった壁と共に席から吹っ飛ばされた男に降り注ぐ。 店の中が騒然とし、その場にいる全員が、壁を破壊して現れた黒い怪人から発せられる威圧感に息を呑んだ。 「懲りていないようだな。嘘だったなら、手心をかける必要もない」 建材に塗れた男が、体を起こすのはおろか、何か言うのさえRXは待たなかった。 腕を伸ばし、恐怖に引きつった男を持ち上げて店の外へ放り投げる。 引き摺り出され、道路に転がっていった男は、急いで逃げようとした。 RXは軽く床を蹴り、あっさりと追いつくと以前と同じように腹に一撃、男の体を貫きかねない拳を無造作に叩き込む。 胃の中身と血をぶちまけようとする男の顔面に殺さない程度に拳を叩き込んだ。 RXは興味を失ったように出来る限り弱めたパンチの威力で地べたを転がっていく男に背を向けた。 一緒に飲んでいた、こそこそと飲み屋の中に消えていこうとしている男の背中にRXは鋭い声で警告する。 「目が覚めたら足を洗えと伝えろ」 足に力をいれ、RXはまた目標の索敵に戻っていく。 店の修理代はその二人の財布から出ることになるのだが、そこにまで今の光太郎は考えることができなかった。 自分が逃がした男は、その場をごまかす為の嘘をついていただけだった。 連れの男の言を信じるなら男が言っていたようなこともあるらしいが…素直に信じることは出来ない。 ビルに着地した光太郎は、何故かこみ上げてきた笑いを我慢しなかった。 膝を突き、笑ううちに少しずつ気持ちが落ち着くようだった。 落ち着きが戻るにつれて、目標もすぐに見つかった。 落ち着きが戻るにつれて、今まで見つからなかったのが嘘のように…すぐに目標は見つかった。 光太郎が膝を突いている場所からそう離れていない場所だった。 一飛びに向かい、冷静さを取り戻した光太郎は障害を淡々と取り除いていった。 スカリエッティの所で戦わせられたカプセル型の兵器を壊し、杖を構えた魔導師を死なない程度に痛めつけて奥へと進んでいく。 RXが現れた当初余裕たっぷりだった犯罪者がうろたえ、逃げ出そうとしている様が超感覚を通して感じられる。 「逃がさん」そう呟いた光太郎は体を傾けて走り出す。程なく、光太郎は犯罪者を捕らえた。 * その頃、時空管理局本局の一部が動き出そうとしていた。 久しぶりに航海から戻ったクロノは長年の友人を呼び出して、事の次第を説明していた。 テーブルを挟み、対面でクロノが入れた紅茶を飲みながら話を聞いたクロノの友人ヴェロッサ・アコース査察官は、半分ほど空いたカップを置く。 「本人も車も質量兵器扱いされかねないクライシス帝国の改造人間か。確かに放ってはおけないね」 「ああ、だが僕が話した限り彼はクライシス帝国の被害者であり、善良だった。脱走したとは考えにくい」 異世界から迷い込み、友人となった男のことを案ずるクロノに、対面に座るヴェロッサは優雅に寛いだまま薄く笑みを見せた。 「わかったよ。他ならぬ君の頼みだ。他の者に見つかる前に、僕が見つけて保護しよう」 「ヴェロッサ、すまないな」 「いや、通常のやり方では探知できないのなら、どうせ何時かは僕の所にきていたよ。まあ任せておいてくれ」 一点の汚れもない白いスーツを好んで着るヴェロッサだったが、彼は泥臭い仕事も得意としていた。 査察官は一般組織や施設の調査を行い、不正を発見するのが主な仕事となる役職で、調査能力・対人交渉に優れた者が配置される。 その調査を行う過程で後ろ暗い出来事に関わることも少なくはない。 個人的な頼みをすることに引け目を感じるのかすまなさそうにするクロノに手を振って、ヴェロッサは捜査を開始する。 大手柄となるテロリストを数名引き渡してきた怪人の存在を危惧した地上本部のボス、レジアス中将が探していると気付くのは開始してすぐのことだった。 * 光太郎は捕らえた犯罪者を陸士108部隊長ゲンヤ・ナカジマに引き渡していた。 自宅近くで待ち伏せを受けた初老の陸士部隊長は気絶した犯罪者の顔を見て、直ぐにその人物が何者か悟った。 光太郎に目を向け、尋ねたいことがあるからと待つように言って彼は犯罪者を拘束する為に部下へと連絡を取った。 部下に命令している間、光太郎は黙って佇んでいた。 連絡を終えたゲンヤは部下が引き取りに来ると光太郎に言う。 「そうか」 素っ気無い返事を返すRXにゲンヤは苦笑を見せた。 腕を組み、ゲンヤは言葉を選ぶように虚空を見つめた。 何事かこの飛蝗を思わせる顔の怪人に起こったのだろうと言うことくらいは察していた。 家の明かりを避けるように影の中に立つ怪人の顔から感情らしきものはうかがい知ることは出来ない。 自分に打ち明けるはずもない…ゲンヤは自分の用件を済ますことにした。 「アンタに一つ聞きてぇんだが、アンタにこう、オレンジ色の体の仲間がいねぇか?」 他人から聞いた言葉では説明しづらい部分を手振りで表現しようとするゲンヤにRXは言う。 「…それは俺だ」 「あん?」 訝しがるゲンヤに、光太郎はロボライダーの姿となって影の中から一歩歩み寄った。 心が乾いていたゆえの投げやりな気持ちではない。 そう考えながら。 光太郎には、苦しさや苛立ちから自暴自棄な気持ちもどこかにはあった。 だが今は、ロボライダーである自分を知る…つまりは、空港で起きた事件に関係することだという予想が光太郎にそうさせた。 自分にも責任の一端がある。 今の荒んだ気持ちがそうさせているとは思いたくはなかった。 そう考える光太郎はゲンヤに自分がロボライダーでもあることを隠すことはできなかった。 一瞬で姿を変えたRXに酷く驚いたゲンヤだったが、顎を撫でつけ感慨深そうに呟いた。 「そうかい…お前ぇさんが」 目の前の男が何故自分を知っているか考えた末、光太郎は言う。 「俺に用があるということは、空港の事件についてか?」 「あぁ。そうだ」 頷くゲンヤが次に何を言うのかわからない。 目の前の男の力で体を傷つけられるはずもなかったが、光太郎は警戒し身構える。 神妙な顔をしてゲンヤは言う。 「礼を言いたくてな。あの時はありがとうよ」 「…なんのことだ?」 「この二人に見覚えはねぇかい?」 戸惑うRXにそう言いながらゲンヤはいつも持ち歩いている家族の写真を見せた。 そこにゲンヤと共に写っている少女らを光太郎はよく覚えていた。 その少女らはスカリエッティの元にいたナンバーズの少女達と同じ改造人間…戦闘機人と呼ばれる存在だった。 この初老の域に達した父親がそのことを知っているのかどうか、光太郎は知りたいと思ったが写真に写る二人に向ける柔らかい表情を見て疑問を飲み込んだ。 「二人とも可愛いだろう? 嫁に欲しくなったか? やらねぇぞ」 「…覚えているが、礼を言われる資格はない。アレに関しては、俺にも責任の一端がある」 妙なテンションで捲くし立てていたゲンヤはそれを聞いて眉を潜めた。 素早く写真を懐に仕舞いこみ、彼は警戒心を覗かせる。 「なんだって…どういうことでぇ?」 「落ち着いて聞いてくれ」 そう言って、気の進む行為ではなかったがゲンヤに光太郎は簡単な説明を行う。 自分があの惨状を引き起こしたロストロギアを受け取りに行ったことや、共に引き取りに向かった者がああなることを知って逃げ出したのに全く気付かなかったこと。 反応が後れ、アレを押さえ込もうとすることさえできなかったと…時折ゲンヤが質問をしたが、光太郎はそれについても明確な返事を返した。 灯りに照らされ、意識の戻らない犯罪者を足元に転がしたままゲンヤは何度も頷いていた。 「ふむ、わかったぜ。それなら…俺が言うことにかわりはねぇな」 一しきり話を聞き、自分の聞きたい事も尋ねたゲンヤはそう言って再び人懐っこい笑みを見せた。 「ありがとうよ。お前さんのお陰で俺の娘は助かったぜ」 「……だが!」 罪悪感からか正義感か、苦しげな声を絞り出す男にゲンヤは首を振った。 「固いこと言うなや」 ゲンヤは気安い態度でロボライダーの肩を叩いた。 強い力を込めていたらしく、金属の硬い体を叩いたゲンヤは微かに顔を顰めて手を見る。少し赤い手を見て可笑しそうに笑った。 再びロボライダーの肩に手を置き、目を細めたゲンヤは言う。 「娘に言ったって同じことを言うはずだ。お前さんが悪くねぇことくらいわかる。なんなら、直接お前さんに礼を言いたがってるんだが…」 「すまん。そろそろ俺は行く…もう貴方の部下が近づいてきているようだ」 光太郎は管理局の車が近づいてくるのを感じて、首を振った。 遠くを見るRXに釣られるようにしてゲンヤも同じ方向を見たが、普通の人間であるゲンヤには何も見えなかった。 だが、この怪人が言うのならそれは本当のことなのだろうと、ゲンヤは判断して息を吐いた。 「そうか。じゃあ後一つだけ、聞いてもいいか?」 「なんだ」 「なんでお前さんは俺に犯罪者を引き渡す。もっと他の奴がいるはずじゃあないかい?」 「俺は、管理局を信頼出来ない。だが、人の噂で貴方は信頼できる男だと聞いた」 その言葉にゲンヤは少し残念そうな顔をした。 自分が長年勤めた組織が信頼されていないことや、選ばれた理由が少しだけ…いや、かなり残念だったのだ。 「俺も他人に尋ねられたらそう答えよう」 「そうかい」 管理局の車両が近づいてくる音がゲンヤの耳にも聞こえ始めた。 RXはゲンヤが音に振り向いた瞬間に姿を消した。 「やっと来た見てぇだな…」 そう言って顔を戻してもうRXがいなくなったことに気付いたゲンヤは、気絶したままの犯罪者の隣で薄く笑みを見せていた。 光太郎は再びビルの屋上、人家の屋根を走り抜けていった。 周囲を最大限に警戒し、可能な限り素早く光太郎は部屋を目指した。 夜もふけ静まり返った住宅街に光太郎が屋根を蹴る微かな音だけが、風に紛れていく。 アパートの明かりは消えていた。ウーノはもう眠ってしまったのか部屋の中に姿は見えない。 無用心だが、仕方なく開け放たれた窓から光太郎は部屋に飛び込んだ。 誰かに見られていないか気がかりで、部屋に入ってからも光太郎は超感覚を駆使して些細な空気の流れや近隣の住民の生命の気配にまで意識を向ける。 幸い、怪しい動きは見られない。 暫くしてようやく納得した光太郎は変身を解いて、ウーノが畳んでおいてくれた服を持ってシャワーを浴びに行く。 熱いお湯をかかりながら、今日あった出来事を思い返す。 頭と体を洗い、光太郎は湯には浸からずに風呂を出た。 薄い青色のパジャマを着たウーノが、テーブルに食事を並べて光太郎を待っていた。 「貴方も早すぎるわ。まだお茶も淹れ終わらないのに」 「休んでいて良いって、それくらい俺にも出来るさ」 「そう? でもどうせ待っているのだから、気にしなくていいわ」 ウーノは気のない返事を返しながら陶器のマグカップを並べてポットからお茶を注ぐ。 光太郎がシャワーを浴びる間に暖めた料理と一緒に置いて、ウーノは光太郎がテーブルに着くのを待った。 「首尾は良くいったわけではないのね」 席に着いた光太郎の表情を見て、ウーノはそう言った。 情報を教えた犯罪者がどうなったか知りたくてウーノはうつらうつらしながら光太郎を待っていたのだった。 「いや、ちゃんと管理局に突き出したぜ。レジアス・ゲイズとゲンヤ・ナカジマにね」 「何故その二人に?」 「彼らがこの地上の治安維持に貢献していると聞いたからだ。貴様のように逃がされるのも困る」 険のある顔で答える光太郎にウーノは食事を勧めた。 レジアス・ゲイズは確かに有能で貢献しているが、スカリエッティのスポンサーの一人でもある。 暖かいごはんに箸をつける光太郎を見ながら、少し考えたウーノはそれを黙っていることに決めた。 「…妹たちから連絡があったわ」 「え?」 不意にお茶を飲んでいたウーノがそう呟いた。 突然変わった話題に食事の手を止めて、間の抜けた返事を光太郎は返した。 少しだけ笑い、ウーノは続ける。 「貴方の世話をしていた子は貴方を心配してるみたい。またドクターと…」 「それは出来ない」 世話になったチンク達のことを思い返しているのか光太郎は少し苦い顔を見せた。 でしょうねとウーノは困ったような顔を作り、自分用にいれたお茶に口を付けた。 黙々と光太郎はウーノが作った食事を平らげていく。 その間ウーノは次の目標をどうするか考えながら光太郎が食べる姿を眺めていた。 お茶を飲み干したウーノは、食器の洗浄を頼んで席を立った。 「じゃあ私はもう休むわ。光太郎、おやすみなさい」 「おやすみ…ウーノ。今日は食事と……情報をありがとう」 礼を言われたウーノは一瞬何を言われたかわからないように眉を寄せて光太郎を見た。 光太郎は屈託のない笑顔をウーノに向けている。 次第にウーノの顔から、白い首筋までが赤く染まっていく。 だがウーノの表情は、利用している負い目からか歪み、伏せられた。 逃げるようにしてウーノは隣の部屋へと姿を消した。 慌てて自分の部屋に戻るウーノを見送った後、光太郎は無理に浮かべた表情を消した。 やせ我慢をしてウーノに礼を言う程度には、光太郎は落ち着きを取り戻そうとしていた。 そして…「クロノが預かったバイクが消えて一月、母さんは心配ないって言ってるけど…」 まだ学生であるにも関わらず溜まりに溜まってしまった休暇を使い、時空管理局本局からミッドチルダの首都クラナガンに一人の執務官が下りた。 フェイト・T・ハラオウン。クロノの義理の妹に当たる彼女はクロノが友人から預かったバイクと車を探していた。 倉庫のシャッターをブチ破り、二台が消えたのはもう一月も前のことだったが、やっとまとまった休暇を取ることが出来今日から捜索を開始しようとしていた。 長い足の付け根の辺りで纏めた金色の髪を揺らして歩く彼女の姿は美しく、自然と人目を引いていたがフェイトにそれを気にする様子はない。 手に握られている手がかりに意識は集中していた。 ミッドに住む数少ない親友の八神家から興奮気味に送られてきたメールをプリントしたその紙面には画像が添付されていた。 ミッドチルダのゴシップ誌が偶然撮影に成功したというその一枚に目を落とし、そのメールを送ってきた時の友人、はやての興奮した声を思い出してフェイトは苦笑した。 「マスクド・ライダーやー!…、か。よくわからないけどこんなデザインのバイク、ミッドにはないし間違いないよね」 貼付されていた画像には、アクロバッターに乗り空に逃げた犯罪者の背中をタイヤで踏む怪人の姿が映っていた。 少し鮮明さには欠け、細部はわからないが亜人のようにも奇妙なプロテクターを着込んでいるようにも見えたが、フェイトはどちらでも構わなかった。 仕事柄似たような存在に会った経験もあり怯えるようなことはないし、最悪一人で奪い返すだけの実力を持っているという自信もフェイトにはあった。
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3018.html
光太郎がミッドチルダに居を構えてから一年が過ぎた。 相変わらずの暮らしぶりとは行かず、彼が過ごした時間の分だけ変化もあった。 朝起きた光太郎が軽く運動をしてシャワーを浴びた頃に眠たそうな眼をしたウーノが入れ替わって浴室に消える。 さっぱりした光太郎が朝食を作っていると、熱いお湯を浴びて眼を覚ましたウーノが嫌な顔をせずに隣に立ち、共に朝食を作るのが日常と化したのは6ヶ月を過ぎた頃の話だった。 パンの焼ける匂いやコーヒーメーカーから漂うコーヒーの良い香りを楽しみながら光太郎は運動の際に手に入れた魚を炒め、ウーノは野菜を切る。 口に出さなくても役割分担が出来るようにはなっていたが、隣に立つ彼女のしっとりと濡れた髪や微かにするリンスの香りに光太郎は未だに少し気恥ずかしい思いをさせられる。 それに気付いたウーノが薄く笑い、光太郎はちょっとだけ乱暴に魚をウーノがタイミングよく差し出した皿に乗せた。 朝食の間はお互いが作った簡単な料理に一言感想を言ったり、時に調味料の分量や実験として入れた物に気付いて話をする。 大抵は「光太郎、貴方センスがないから思いつきで入れるのは止めた方がいわ」と締めくくられてしまうのだが。 その日は逆にウーノがドレッシングの分量を変えていて光太郎は一舐めするなりこれはないよ、と言ったが。 「いつもの方がいいな」 「そうみたいね。いいと思ったんだけど…」 「ウーノ。君にはセンスがないか…」 「ごめんなさい……貴方に言われると腹が立つわね」 「最後まで言わせてくれてもいいだろ!?」 ウーノはコーヒーを一口飲んで、笑顔で言う。 「駄目よ。癪に障るわ」 そう言われると、光太郎はそれ以上は言えないのだった。 朝食を終えた二人は食器を戻し、光太郎は出かける準備を始める。 「でもお詫びに今朝は私が食器を片付けておくわ。そこに置いて貴方は服を着替えてきたら?」 光太郎は肩を竦めてシャツの袖に腕を通す。 ミッドチルダの隅の隅、廃棄都市近くに住むようになった光太郎はスーツを着ることが増えていた。 「うん、そろそろ時間だし行ってくるよ」 「行ってらっしゃい。私ももう直ぐ出るわ」 食器を洗い終えたウーノが急ぎ服を着替える為に自室に戻っていく。 今日の予定を確認していた光太郎は確認を終えてジャケットを羽織る。 「ウーノ。君の帰ってくる時間も近いし迎えに行こうか?」 軽く化粧をしていたウーノは手を止めて、閉まった扉の向こうにいる光太郎へと顔を向ける。 一緒に暮らし始めてから一年以上経つが、光太郎からそんなことを言ってくるのは初めてのことだった。 少しだけ鼓動が乱れるのもそのせいだと断定して、ウーノは少し上ずった声を出した。 「お、お願いするわ」 言ってから、ウーノの頭に、「そんなに(先日)クロノから貰ったバイクを運転したいの?」と言う言葉が浮かんだが、一瞬遅かった。 「わかった。じゃあ行ってくるよ」 そう言って光太郎は外に出た。 光太郎が時々変なことを言うとどうも調子が狂わされる。 化粧台の鏡に向き直ったウーノの表情は、不機嫌そうに眉根が寄せられていた。 そんなことには気付かずに部屋を出た光太郎の向かう先…アパートの駐輪場には一台のバイクが置いてある。 誕生日プレゼントとして贈られたそのバイクはアクロバッターやスズキRGV250Γに乗ってきた光太郎にとっては聊か物足りないが、普段乗るバイクがない光太郎は重宝していた。 例え初めて見せた相手に口を揃えて『似合わない』と言われようともだ。 独特のデザインを持つそのバイクはべスパGTV250ie、ボデイカラーは1946年オリジナルカラーのアビオグレーのそれに乗り、光太郎は出かけていった。 最初プレゼントにしても少々高価すぎると光太郎は断った。 だがクロノはもう別のバイクを買ったというし、渋る光太郎に渡すことになった経緯を聞いて光太郎も苦笑いをして幾らかのお金を払って受け取ることにしたバイクだった。 その話は笑い話にしかならないので他言禁止となっているが、かいつまんで説明するとある日光太郎に影響されて地球での足にバイクを買おうとしたクロノは後ろに乗せることになる恋人に相談したらしい。 そうするとその彼女はベスパを勧めたのだが、クロノが買ってきたGTV250ieを見てがっかりしたらしい、という話だった。 彼女が欲しかったのは、地球のオールドムービー『ローマの休日』でヒロインのオードリーが乗ったベスパ125の方であったらしい…クロノが相談する数週間前にレンタルして視聴していたそうだ。 女性の気持ちはわからないと…少し飲んだくれながら言うクロノの肩を叩いた時のことを思い出して幸太郎は苦笑した。 ちなみに、このバイクはこの世界では手に入らない為人目を引いたが、この界隈で光太郎の持ち物を取るような愚か者は存在しなかった。 RXであることはばれていないが、荒事や力仕事の際は重宝する男、という評価を光太郎は貰っていた。 ミッドチルダの中心部へと続く公道を光太郎の乗るベスパが軽快に走っていく。 流石に道も覚えた光太郎は予定通り、10分ほどで目的地へと到着した。 光太郎の姿を発見し、一人の女性が駆け寄ってくる。 いつもと違う髪形だったので、光太郎は一瞬誰だろうと怪訝に思った。 「おはよう、今日もよろしく頼む」 「わかってるよ」 挨拶を返して光太郎は浮かない表情で返事を返す。 相手の為に用意しておいたヘルメットを手渡す。 「どうした?」 「い、いいや、髪型が違うから驚いたんだ」 「これを被るのに少し邪魔だからな」 手渡されたヘルメットを示しながら、桃色に近い髪を下ろしたシグナムは言う。 そのままヘルメットを被ろうとしていたシグナムは何を思ったのか手を止めた。 「そんなに驚くとは、私のような女には似合わないか?」 「そ、そんなことはないよ。とても綺麗で…うん」 光太郎の返事を聞いてからシグナムはヘルメットを被り後ろに乗った。 再びベスパが公道を走り出す。 見慣れない地球性のバイクが通り抜けていく姿に道行く人は目を留めていたが、二人に気にした様子はない。 今日の用は勿論と言うべきか、シグナムの訓練相手を務めることだ。 出会った時に手合わせをしてから暫くして、何処からか光太郎の住所を聞きつけてきたシグナムが再戦を希望して光太郎の所に押しかけてきたのが半年ほど前。 以来、ウーノとの交渉の末格安で相手を務める間柄だった。 「テスタロッサがもう少し付き合ってくれれば頼まなくてもいいのだがな」 「彼女は地球にも家があるから仕方ないだろう」 「わかっているさ。その分貴方に相手をしてもらってることだしな」 光太郎の腰に手を回した状態で愚痴るように言うシグナムに光太郎は相槌を返す。 シグナムがこういった話をするのは毎度のことだった。 仕事に加え、恵まれない子供達や妹となったヴィヴィオにフェイトはかかりきりになってしまい、自分の相手を務める機会が減ったのが残念で仕方ないらしい。 そこから察すると、代わりの相手として光太郎、RXが選ばれたのは実力以上に実力者達の中で光太郎が一番暇だと判断されたのかもしれない。 光太郎としてもシグナムのように空を飛ぶ相手が多数いるミッドチルダでいつまでも空を飛ぶ相手が苦手とは言っていられない為願ったりかなったりであった。 …値段設定低めとはいえ、ウーノが料金を設定して家計の足しにしているという事情もあったが。 ともあれ、シグナムは自分の剣が通らないほどの相手と真剣勝負の中で技を磨き、光太郎も空中を自在に飛び回る敵を相手にする経験が詰めるという趣向だった。 「そういえば、ヴィヴィオが寂しがっていたぞ」 似合わないと言われる原因の一つであるフルフェイスのヘルメットのバイザーに隠された光太郎の目元が寄せられた。 シグナムに言われるまでもなく、ヴィヴィオを引き取ったフェイトも時々やってきては会ってあげてと言われている。 だが二人乗りのため仕方なく触れる体温に居心地の悪さを感じながら、光太郎は素っ気無く言う。 「あの子とは距離を置く。俺と関わらせてもいい事はないからな」 一度顔を見に行って、光太郎はヴィヴィオとは距離を置くことを決めていた。 「ヴィヴィオから逃げる気か?」 「そう…だな。俺が招くトラブルにあの子を巻き込みたくないんだ」 シグナムに光太郎は体を硬くして首を縦に振った。 生まれがどうであれ、光太郎はヴィヴィオには平和な世界で生きてもらいたいと願っている。 光太郎は、いつまた敵が現れるかもわからない自分といてはその邪魔になると考えているのだった。 だがその考えを聞かされたシグナムの怒りが膨らんでいくのが、背中ごしにひしひしと伝わってきた。 今の光太郎の暮らしぶりを知っているシグナムには、別に光太郎に会ったからあの子が危険に巻き込まれるなんて自惚れが過ぎるように感じられたのだろう。 後ろから殴られることも覚悟した光太郎だったが、シグナムはそんなことはせず深く深呼吸をした。 「…クロノ達とは連絡を取っているし私とはこうして会っているが」 怒鳴りつけるの堪えた剣呑な声が返される。 光太郎はばつが悪そうに返事を返す。 「一緒に戦う仲間だろ……? ヴィヴィオにはそれは求められないさ。今でさえ俺は管理局に追われる身だし」 「ふぅ、…その膝元で毎週のように美女と、しかも局員とデートする余裕はあるんだろう?」 「デートとは少し違うような気もするし自分で……あの当たってます」 「当ててるんだ。情けない…! 貴方はそれでも男か!?」 何が、とは言わなかったが同僚から魔人とあだ名されるほどの凶器に光太郎はさっさと降参する。 シグナムはそれ以上追求はしなかった。 シグナムになじられているのか、少しだけ逃げさせてもらえたのかはよくわからなかった。 クライシスやゴルゴムとの戦いで失ってしまったことが未だに尾を引いている。 話したわけではないが、光太郎は何故か自分では気付かない内に悟られてしまったのではないかという気がした。 その後二人は廃棄都市区画の一角で夕暮れまで戦った。 シグナムの攻めはいつも以上に苛烈で、逆に精彩を欠いた光太郎は押されるばかりであった。 * 訓練相手を終えた光太郎は再び、朝シグナムと待ち合わせた場所へと戻ってきていた。 真剣勝負をし、満足した表情のシグナムが後部座席から降りてヘルメットを取った。 乱れた髪を手櫛で軽く直しながら2、3言話して光太郎は廃棄都市よりの区画へと向かってベスパを走らせた。 そこにある寂れたカフェの一軒がウーノの行き着けの店であり、今日はそこで待っているはずだった。 相変わらず客が殆どいない店の前まで来た光太郎は、区画整理を逃れ、古い石畳のままの道にベスパを止めた。 頭上で街灯に火が点る。 「あら、早かったのね」 以前RXとして助け、光太郎としても知り合いになった女生と談笑していたウーノが店から出てきてそう言った。 その女性から手を振られ、光太郎は手を振り替えす。 「彼女と知り合いなのか?」 「…ええ。マスクド・ライダーに助けられたそうね」 「ああ、元気そうだな」 嬉しそうに言う光太郎の横顔からウーノは目を背けた。 その女性の正体はスカリエッティの生み出した戦闘機人ドゥーエであり、助けたことも彼女の自作自演に過ぎないと言うべきなのかもしれない。 だがウーノは…言うことが出来ず、光太郎が差し出したヘルメットを受け取った。 それを被ろうとして、眉をピクリと動かした彼女に光太郎は首を傾げた。 「どうかしたのか?」 「余り良く覚えていないませんけど、シグナムさんだったかしら?」 ウーノのいいように光太郎は首を傾げた。 何度か顔をあわせた相手を覚えてないことなど、今までにないことだった。 「? ああ、彼女の決闘趣味にも困ったよ。もうへとへとさ」 「そう。随分身奇麗にしてから来るのね」 「何のことだ?」 微かに香ってくる花の匂いに顔を顰めながらヘルメットを被るとウーノは後ろに乗る。 不思議に思いながら、光太郎は家路を戻って行く。 悪路のせいで起きる軽い揺れに回した手に力を込められた。 今日の訓練のことを尋ねられて、対向車を気にしながら光太郎は言う。 「慣れてきたよ。俺は彼女の気配というか、生命エネルギーが見えるようになってきた気がする」 「何を言ってるのか今一分からないけど、良かったわね」 「うん。君はどうだった?」 「聞かせるようなことは余りないわ。マスクド・ライダークラブの副会長にギンガ・ナカジマって言う小娘がなったとか言う話が聞けた位かしら?」 光太郎は思わず急ブレーキをかけた。 「ギンガ・ナカジマ?」 「ええ。心辺りでも?」 後ろで性質の悪い笑顔を浮かべているだろうと思った光太郎は何も言わずに家路を急いだ。 その途中で二人の目の前を暴走する車が走り抜けていく。 スカリエッティが生み出したと思われる戦闘員達が幼稚園バスジャックを決行したのは一度だけだ。 その後同じ犯行は行われていない。 それがどういうことなのか、真意はわからないが…稀に模倣犯はいた。 何故今そんなことを述べるかと言えば、どう見ても変態にしか見えないコスチュームが光太郎の眼に映っていたからだ。 ウーノが光太郎の背中にため息を吹きかけた。 「行ってくれば?」 「すまない。先に戻っていてくれ」 言うなり光太郎は路地に飛び込んでいった。 そして、RXが風のような速さでウーノや一般住民の頭上を飛び越えて車を追いかけていった。 それを見送り、耳に届いた声援になんともいえぬ表情をしたウーノは一人帰路についた。 彼女の視界には、RXに声援を送る子供の姿が眼に入っていた。 クラブの事といい、光太郎はいつか去ると言いながらミッドチルダで有名になりすぎていはしないだろうか? 管理局や聖王教会でもし話しに上がりでもしたら困るくせに。 「お待ちしていました。ウーノ姉様」 なんともいえぬ表情をしたまま部屋に戻ったウーノを彼女も見知らぬ少女が待っていた。 背が高く光太郎と同じくらいはあるだろうか。 少女でピンク色の髪をロングヘアーにして、額を防護するヘッドギアをつけている。 ウーノは怪訝そうな顔で尋ねた。 「貴方、何者なの?」 「ナンバーズ7番。セッテです。ウーノ姉様」 「7番?…7番はまだまだ先の予定だったはずだわ」 「ウーノ姉様が光太郎兄様の所に行かれてからドクターは気の向くままに作業されていますから」 2,3年先まで大まかな予定を組んでいたウーノはその返事に不機嫌極まりない口調でそう、と言った。 だが不機嫌さを隠そうともしない長姉にも、セッテの表情は変わらなかった。 どういう教育を施したのか機械的な印象を受けてますます棘のある口調でウーノは尋ねた。 「何の用かしら?」 「ドクターの命令でこちらに居候させてもらうことになりました。よろしくお願いします」 「はぁ!?」 「あぁ、忘れていました。ドクターからのメッセージがあります。『どうしても光太郎に見せたいので贈ることにした。暫く好きにしてくれたまえ』だそうです」 ウーノの開いた口は暫く塞がらず、セッテも無表情に彼女を見つめ返す。 暫くして、セッテが口を開いた。 「了解いただけますでしょうか?」 「光太郎に聞いて。家主は彼よ。どうせ…貴方は何も知らないでしょうし」 「はい。ドクターに繋がるような情報は持たされていません」 素直に頷いたセッテは右手につけた腕時計で時間を確認した。 「ではインスパイア元にご挨拶に行って来ます。敵の計画通りなら今日はそれなりに苦戦しているはずですから」 「ちょっと待って! 光太郎が苦戦…?」 聞き間違えたかと耳を疑うウーノにセッテは機械的に頷いた。 「この地上の現場レベルよりドクターの方がより優先的に情報を得る立場にありますから。『彼を利用しようとする管理局。レジアス・ゲイズやあるいは私より先に情報を手に入れたリンディ・ハラオウンより先に彼を助ける』のもドクターの命令ですので」 恐らくは光太郎がいるのであろう方角を見つめて地面を蹴った。 ウーノはもう勝手にして欲しいという、投げやりな気持ちからセッテから目を離し疲れた足取りで部屋へと戻ろうとする。 だがその耳に次に届いた言葉によって彼女は振り向いた。 「変身…!」 「え?」 振り向いたウーノは、空を飛んでいく恐らくはセッテ…と思われる甲冑のようなものを纏った人物の背中を呆気にとられたまま見送った。 空を自由に飛びながらナンバーズ七番であり、スカリエッティの完全な趣味によって生み出された戦闘機人、バリエーションマスクド・ライダーのタイプゼロは、 犯罪者達の相手をしているRXが早くも自分を察知した事に気付いて三日月に近いブーメラン型の刃を持つ剣を抜いた。 戦闘機人としての先天固有技能は、この高質量とバリアブレイク性能を持つ固有武装『ブーメランブレード』を自由に制御することなのだ。 「IS、スローターアームズ」 スカリエッティから詳しい話は全く聞かされておらず、ナンバーズ中最も機械的で人間味が薄い少女は相手がどんな反応を示すか全く考えようともせずに加勢に向かう。 稼働時間も殆どない少女の頭に浮かんだのは、研究所から外に搬出される直前、『もし気に入られでもしたら面白くなるかもしれないわぁ』と無責任に言ったクアットロの言葉を思い出すくらいだった。 一方RXは止まった車両の上で足を止め、突如自分に向かって空中を高速移動し始めた何者かを凝視していた。 顔をそちらに向けた途端に飛んできた射撃魔法を手の平で受け止める…飛び散った魔法の光が足元に転がった犯人を掠って浅い傷を作る。 二発、三発と繰り返される魔法の射撃をRXは全て掌で受け止め、RXを仕留めようと射手の数が増えてもその場から動かない。 否、悪戯に動く事は出来なかった。再び行われたかに思われたバスジャックはRXを誘い出すための罠だった。 この場から飛び去った途端にバスへと放たれた魔法が、窓とその先にある座席に穴を開けていた。 警告のつもりか乗客のいない席が狙われたのが光太郎にとっては幸いだった。 魔法を放った者達の位置を超感覚で探りながら、次々と飛来する攻撃魔法を止める。 殴り倒し車両から引きずり出して足元に転がしたバスジャック犯には悪いが、車両内に押し込める余裕はなかった。 恐らく余り時間は残されていない。 シグナムとの訓練で多少は死角からの攻撃に慣れたRXにとって防ぐのは容易かったが、敵が何時までもそれで良しとするわけがない。 管理局が来ればRXはバスを守ることに専念するか、バスを任せて犯人を追えばいいのだから。 彼らが次の手を打つ前に、相手の位置を正確に把握しボルテックシューターで皆殺しにする。 ボルテックシューターはロボライダーに変身した時に取り出せる銃のことだ。 RXが持つ唯一と言っていい遠距離武器だが、同時に幾多の怪人達を倒してきた必殺の武器でもある。 使えば相手を殺す覚悟が必要だった。 そしてRXは進んで殺そうという気はないが、バスの乗客を人質に使うような輩に加減をする程お人よしではなかった。 決断したRXは自由に空を飛びこちらへと向かってくる何者かを警戒し、魔法を防ぎながら目を向けていた。 敵であったなら、この場で最も脅威となるのがそいつだとRXは本能的に感じ取っていた。 昆虫を意識した意匠と思われる…RXとは違って曲面を極力減らした、なんというか尖った野暮ったいデザインのバトルジャケットに身を包んでいる何者かがブーメランがブーメランを投げるのが見えた。 間断なく狙撃を受け続けている状況にも関わらず、この世界のバイクや車を見た時にも感じたが、デザインセンスがないなとRXは思った。 見当違いの方向に投げつけられたように見えたブーメランブレードが、その間に空中で方向を変えて、RXを狙撃していた敵を両断する。 一人目の犠牲が出てやっと敵は何者か…セッテの存在に気付いたらしい。 RXを襲う狙撃が一瞬止んだ。 その瞬間を、光太郎は逃さなかった。 射撃魔法が止んだ瞬間RXの姿が内側から発せられる光に包まれた。 光の中で生物の質感を幾らか失くした金属の甲冑の如き肉体へと変貌していく。 光からいち早く抜けた腕の中には拳銃が握られ、銃口はRXを狙った敵へと向けられた。 引き金が引かれ、クライシス帝国の怪人をも一撃で葬り去る光線が銃口から迸る。 光太郎の姿の中で最も非人間的な姿でありながら、そこだけは他の姿よりもはっきりと光太郎の激情が刻まれたロボライダーの仮面は既に次の標的を見定めていた。 RXに加勢した戦闘機人、セッテはその姿か性能に驚いたようだが、すぐに立ち直り更に一人を切り倒す。 全ての敵を倒したロボライダーはRXの姿に戻り、普段通り何も言わずに飛び去った。 その後をセッテが追いかけていく。 ビルを飛び越え、建物の陰に潜むように移動したRXは何個目かのビルの陰の中で足を止めてセッテの背後に回った。 「何者だ」 追いかけていたはずの自分の背後に立つ怪人に、セッテは手を上げた。 それを聞いたRXがどのような行動に出るか考えるよりドクターの命令をセッテは優先して、ウーノにしたのと同じ説明をする。 翌日から、光太郎とウーノの部屋にはもう一人の住人が出来た。 だがウーノと光太郎の仲はぎこちないものになり… ご近所の奥様方の間では、セッテは光太郎の浮気相手で今修羅場なのだという微妙に間違った噂でもちきりになったという。 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/2555.html
光太郎がスカリエッティの研究所に移送されてから暫くの時が過ぎた。 研究所にやってきた光太郎に、スカリエッティの秘書のウーノはスカリエッティの都合に合わせて日に2,3種類の検査を行い、数日をおいてまた検査をする、というスケジュールを組んだ。 基本的に人が良いせいで思わず承諾してしまった光太郎は、今の所その通りに協力していた。 お陰で宛がわれた部屋で暇を持て余していることも少なくない。 広い場所を借り、空手の稽古をしたり、(許可をもらう相手は変わってしまったが)アースラにいた頃と変わらずドクターの許可を得て本を読み、世話係の少女に頼んで外に出て気分転換をするという毎日を過ごすのは、そう悪くない。 クライシス帝国との戦いで傷ついた光太郎は、休息を欲していた。 未だ光太郎は、何か出来るような精神状態ではなかった。 光太郎に戦いの結果残ったのは、どれだけの犠牲を支払ったかと言うことだけだった。 守ろうとした地球を、本当に守ることが出来たのか確認する事も出来ない。 地球に戻る為にもどのような形にせよ…再び立ち上がる為に、光太郎には気持ちを整理する時間が必要だった。 そうしてゆっくりと毎日を過ごすある日のこと、何度目かの検査日の翌朝、宛がわれていたベッドで光太郎はドクターに借りた本を読んでいた時だった。 何冊も本を読むうちに読むスピードが上がり、光太郎は数秒に一度位の速さで本を読み進めていく。 それで頭に入るのかとこちらでの生活に不慣れな光太郎の世話役を命じられた少女に尋ねられたこともあったが、大丈夫だと光太郎は返事を返している。 不意にページを捲っていた指が止まった。誰かが読んでいる途中だったのか、途中に栞が挟まっていることに光太郎は気づいた。 それを確認した光太郎は、栞が挟まっていたページから目を反らした。 そして、視線は在らぬ場所へと落とされる…何か重要なものでも発見したかのように、光太郎の表情は険しさを増していた。 「…嫌な予感がする」 光太郎はそう言うと体を起こしてスカリエッティの所へ向かい走り出した。 …そこまで見て、スカリエッティは監視映像を止めた。 困っているような、面白がっているようななんとも言えぬ微妙な表情でスカリエッティは秘書のウーノや、自己判断による行動を許可する程信頼しているトーレ。 スカリエッティの作り出し、ナンバーズと呼んでいる戦闘機人達の内から呼んでおいた2人に顔を向ける。 そのまま目配せをして意見を求めてみたが2人とも不可解そうな表情をみせるだけで返事は無かった。 ナンバーズの三番目、紫の髪をショートカットにしたトーレが確認するように尋ねた。 「この後光太郎はまっすぐドクターの所へ乗り込んできて、驚いたドクターはうっかりケースから出していたジュエルシードを落としかけたと?」 「…これで三度目だ。偶然とも思えないが、彼が私を監視しているような素振りは無い」 スカリエッティよりも10cm以上も背が高い為、自然と見上げながらスカリエッティは返事を返す。 トーレは聊か咎めているような口調でたずねたが、白衣のポケットに手を突っ込んだままのスカリエッティにそれを気にした様子は無い。 それどころか返事を返した声は、そうしたことが起こったのを面白がっているような雰囲気を持っていた。 答えたスカリエッティは、ウーノに椅子を持ってくるように頼むと再び光太郎の監視映像や検査で取ったデータを並べ、眺め始めた。 そんな創造主の態度に、管理局が大した警備もつけずに外部に移送していた所を強奪してきたトーレは苦い顔を見せる。 ジュエルシードとはロストロギアに指定されている次元干渉型エネルギー結晶体…言わば使い勝手の恐ろしく悪いちょっとしたキングストーンで、取り扱いには十分に注意しなければならない。 スポンサーに頼んで送ってもらった異邦人一人の『嫌な予感がする』で、創造主が落っことしたなんてトーレには目も当てられない話だった… 同じくウーノも、スカリエッティを心配し苦い表情でどこかから椅子を持ってくる。 「何らかのレアスキルを所持しているとも考えられますが…」 「ありがとう。今のを見て本当にそう思うかね?」 口を濁すウーノに一瞥を与えて、再び表示させたデータをスカリエッティは眺める。 礼を言って受け取った椅子に腰掛ける彼の目は生き生きとしていた。 データはまだ殆どが不明とされていて、それ以外の洗脳結果などについては効果なしと記載されている。 スカリエッティの元にはスポンサーからの惜しみない援助で購入された最新の機器が揃っているのだが、それらをもってしても光太郎の体内を調べることはできないでいた。 それに加えてこのような原因不明の奇行に振り回され、スカリエッティの本来の仕事は妨げられていることをウーノは不愉快に感じていた。 「ドクター、やはり光太郎は早急に処分してサンプルの一つとしてしまった方がよろしいかと思われますわ。彼が来てから、予定していた作業に大きな遅れが生じ始めています」 「予定? そんなもの構わんさ。生きた興味深いサンプルを研究するには多少の遅れは仕方がない…スポンサーもそれは承知している」 秘書の進言を、スカリエッティはばっさりと切って捨てた。 異世界の質量文明が生み出した生物に興味津々らしく、鼻歌混じりにそれに付き合うつもりのようだった。 ニヤつきながらスカリエッティは「嫌な予感がする」パターンを割り出そうとでもしているのか、早送りで映像データを流していく。 流れていく映像に自身の作品の一つが移り、彼は呟いた。 「ほー…チンクはうまくやっているようだね」 「はい。騎士ゼストの世話をしていたせいか、思いのほかうまくやっているようです」 諦めたようにため息をついたウーノは、スカリエッティの隣に立ち、それをサポートしながら返事をする。 名前が挙がったチンクは、スカリエッティが作り出した戦闘機人達、ナンバーズの一人だ。 五人目のナンバーズであるチンクは他のナンバーズとは違う狙いで作った個体でナンバーズの中ではもっとも小柄だ。 発育不良な体をチンク本人が気にしているのは知っていたが、当時のスカリエッティがどこかの軍隊が少年兵に頭を悩ませていると聞き、お遊びであえてそうなるようにしたのでそれは諦めてもらうしかない。 チンクは狙い通りの結果に加え、能力も高く誰に似たのか生真面目で面倒見のいい性格に育ったので重宝している。 例えば今回のように光太郎に見せてはならないものを見せない為に、光太郎の世話役を命じたりするには打ってつけだった。 小さい体で男性としても大柄な光太郎の世話をあれこれとしている姿が映っている所を見ると、人選は間違っていなかったようだ。 そこにトーレが口をはさむ。 トーレは、画面に映る妹を咎めるような視線を向けていた。 チンクは、腰まで伸びる癖の無い銀髪を揺らし、急ぎ足になって光太郎を先導していた。 「何故チンクに? 私なら三度もドクターのお邪魔をさせるような真似はさせませんでした」 光太郎が普通に歩くだけでドンドン引き放されていく妹は、どう見ても役者不足だとトーレは感じていた。 普段は妹を虚仮にするような言い方は決してしないトーレに、スカリエッティは喉を鳴らして笑った。 意気込むトーレに、スカリエッティは映像へと目を向けたまま返事を返す。 「初めてチンクと会わせた時、光太郎が驚いていたからさ」 返事をしながらスカリエッティは、光太郎の世話役兼監視役として誰を選ぶか考えていた時のことを思い出す。 チンクを小さな女の子呼ばわりして初印象を悪くする光太郎のある種の不器用さは、チンクの世話を焼きたがる気性と馴染むだろう。 そして彼の信用をあげる一助となるとスカリエッティは考えていた。 「そういえば…あの時彼が面白いことを言っていたな」 「と言いますと?」 「チンクの服装について尋ねてきてね。クライシス帝国ではあの程度のボディスーツ程度の機能性では話にならないようだ」 「…それは、どちらかというと見た目の問題では?」 ウーノはチンクが身に着けているのと基本的には同じものを着ているトーレを見て言う。 彼女らのボディスーツは機能性は案外高いのだが、基本は体のラインが色々と出すぎる…健全な男性らしい光太郎が顔を顰めるのも仕方が無い話だ。 そうウーノは思っていた。 だが、もっと凄いのを作らなくてはねと零すスカリエッティにはその辺りの改善は永遠に無いと十分すぎるほど理解してもいるウーノは、それ以上言わなかった。 「まあ、それはいずれ彼が驚くような防護服も作ってみせるとして、あの人の良さそうな光太郎に子供が殺せるとは思えないだろう?」 尋ねられたトーレは嘲りに近い笑みを浮かべて、「そうですね」と答えた。 スカリエッティよりも背の高いトーレから見ればスカリエッティの胸程しかないチンクの体躯は、見ていて少し…有体に言うとかわいそうなものだった。 その時部屋の扉が開いて、当のチンクが研究室に入ってくる。 三人は普段の彼らからすると優しすぎる表情を見せ、黙りこくったままチンクが自分達の所へやってくるのを待った。 チンクは向けられる視線に訝しげな表情を返す。 「ドクター、私をお呼びだと聞きましたが…………なんです?」 スカリエッティ達は何も言わずに、生暖かい目で首を振った。 数年前の戦いで片目を負傷して以来、眼帯をつけているチンクは、片方だけの目を何度か瞬きさせて首を捻った。 「チンクから直接話を聞きたくてね」 「光太郎のことでしょうか?」 「ああ。彼がいた世界には彼と同等以上の改造人間が後10人いるらしいが…」 チンクの報告をまとめたものを広げ、スカリエッティは尋ねた。 詳しい話は聞けていないようだが好奇心を刺激されているらしく、椅子から身を乗り出しさえしていた。 「はい、先輩と光太郎は呼んでいるようです。私達と同じような間柄なのかもしれません」 「ふむ…」 スカリエッティは何か思うところがあるらしくそう返すだけに止まる。 「そう考えると不憫なものだな。彼は今異世界に迷い込んで一人ぼっちというわけか」 『ならば研究して彼の兄弟を作ってやるのが研究者としての責務だろうか』と、スカリエッティは笑った。 スカリエッティがそう零すのを聞いて、チンクはショックを受けたのか映像データの中の光太郎に向ける視線に同情の色が透けて見えた。 それから2つ3つ質問を重ね、メモを取ったスカリエッティは、 「…なるほど。よくわかったよ。ではチンク。もう一つ頼んでもいいかな」 そう良いながらウーノが用意した椅子の上で座りなおす。 椅子の脚が長いせいでそれでも立ったままのチンクをスカリエッティが見下ろしているのを見て、ウーノは手を止めて苦笑した。 「なんでしょうか?」 「彼と一緒にミッドに行って彼の着替えを2,3着買いに行ってきてくれないか?」 「服…ですか?」 首を傾げる三人に、スカリエッティはため息をついて頷いた。 すると新しいモニターが空中に浮かび上がり、昨晩の映像だと日付でわかるそれにはスカリエッティと光太郎が映っていた。 バスローブを身につけ、風呂上りの牛乳を飲むスカリエッティと、その隣、洗濯機の前でタオルを腰に巻き鍛え上げられた裸身を晒して仁王立ちする光太郎…スカリエッティはげんなりした顔で言う。 「私は自分の服を貸すつもりはないし、毎晩タオル一枚で洗濯機の前に立たれるのも迷惑なんだ」 横目で光太郎を見たスカリエッティは、無言で洗濯機を見続ける光太郎に居心地が悪そうにして少しずつ距離を置いていった。 「ああ。なんなら、君達の服も買いたまえ」 その時の自分の様子を見苦笑がもれた。 殆どセクハラに近い映像を見せられている三人のリアクションなど構いもせずに、スカリエッティは言う。 「ウーノ、後で私のスーツを仕立てた店などをチンクに教えておいてくれ」 因みにウーノに任せるうちにいつの間にかスカリエッティの服の値段と着心地が跳ね上がっているのだが、スカリエッティはそんなことには全く気づいていなかった。 毎日来ている服がきっちりと手入れされ、気に入って何年も着ているものもほつれ一つないのだがそれが当然だと信じていた。 「な…なんでしたら、私が参りましょうか?」 少し青ざめた顔で映像を視界に入れないようにするウーノにスカリエッティは間髪いれずに首を振った。 「駄目だ。そんなことになったら私が困るじゃないか。君がいない間、一体誰が私の世話をしてくれるというんだね?」 「はい」 「よよ予算は幾ら程ですか!?」 二人をジッと見つめるトーレを小突きながら、顔を赤くしたチンクが尋ねた。 ウーノも咎めるような目を向けると、詰まらなさそうにトーレは部屋を出て行く。部屋を出て行く時、トーレは肩越しに振り向いてスカリエッティと肩を竦めあった。 「幾らでも構わないから、見栄えよくしてやってくれたまえ…特に湯上りに見苦しくないように頼む」 そう言って、今日もまた管理局の用途不明金の額を増やすスカリエッティの金銭感覚にウーノは困ったような顔をする。 それくらいの浪費をしてもいい位には働いているが、スポンサーの一人である首都防衛隊代表の前ではこんなことはないようにしなければならない。 「わかりましたドクターとは別の店を教えることにしましょう」 「? 何故だね?」 「ドクター…」 呆れたような顔でウーノは不思議そうにするスカリエッティに近寄ると、体に手を這わせて服の掴み縫い目などを見せる。 「ドクターの服は全てオーダーメイドですから。魔法を使う職人でもその日に一着と言うのは無理です。今ドクターが着ている服を作った職人は人気もあって数年待ちなんですよ?」 「金を積んで急かせばいいだろう?」 「ドクターと同じような手合いが多いんです」 「なるほど。やる気を無くしてしまうのか」 説明を受け、やっと納得したように言うと、スカリエッティは興味をなくしたように作業に戻る。 ウーノはそんな様子に慣れているので気にせずチンクに既製服の店などの位置を教え、準備をするように言い渡した。 一番上の姉に教えられたことを何度か頭の中で整理しながら部屋を後にするチンクの背中を不安げに見送ってからウーノは通信画面を開き、今度は光太郎に連絡を取る。 部屋で読書中だった光太郎は、空中に浮かぶ通信画面に未だに不思議そうに見上げた。その田舎者っぽさにウーノは顔をしかめる。 だがそれを我慢して説明をしたにもかかわらず、光太郎は首を横にふった。 「厚意は感謝するが、受け取るわけには「こちらの買い物もありますから、荷物持ちの報酬とでも思ってください。5分後にチンクが迎えに行きますから準備をよろしくお願いします」 恐縮する光太郎にそっけなく言い捨てて、ウーノは通信画面を切る。 疲れた様子で彼女はため息をついた。 そして、外出の準備をしに行ったチンクへと通信回線を開く。 準備万端と言った顔でウーノが時々使っている車を用意しているチンクが映し出される。 手入れは怠っていないためすぐに動かせるが、シートの調整などに手間取っているらしい妹を見て、ウーノは頭を抱えたくなった。 少し考え…すぐに頼りになりそうなのは、長期の潜入任務に従事しているナンバーズの二番目、ドゥーエだけかもしれないと思い至ってから、彼女はチンクに話しかける。 「…チンク。ドゥーエに連絡をしておくから彼女と合流しなさい」 「ウーノ姉、どうしてですか?」 腑に落ちない顔で尋ねてくるチンクは、彼女ら戦闘機人達用のボディスーツ…体にぴったりとフィットするそれの上からチンクの固有武装である防御外套『シェルコート』を被っていた。 殆ど外へ出さずその手の感覚にズレがあるのだろうが、ボディスーツの上から灰色のコートだけ。 買い物に行くのにこれはないと唖然としながらウーノは答えた。 「そんな格好でそんな質問をするからよ」 「どういう」 何かチンクが言っていたような気がするが、視界の端でスカリエッティが飲み物を欲しがっていそうな雰囲気を見せたのでウーノは通信を切った。 ウーノは部屋を出て用意していた飲み物をグラスに注ぎ、スカリエッティの元に戻る。 作業をしていたスカリエッティは、戻ってきたウーノが盆の上に飲み物を載せているのを見て、手を止めた。 差し出されるグラスを取り、「ありがとうウーノ」 そう言っておいしそうに飲むスカリエッティに「いいえ」とウーノは答え、グラスを一度スカリエッティから受け取る。 グラスの表面に浮かぶ水滴をふき取り、ウーノが減った分を継ぎ足す様をスカリエッティは少しそわそわとしながら待つ。 クスリと笑い、返されたグラスから仄かに漂う甘い香りを楽しむスカリエッティのところに、光太郎とチンクがどちらが車を運転するかで揉めていると報告が来るのはもう少し先だった。 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/a_nanoha/pages/82.html
魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯1 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯2 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯3 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯4 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯5 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯6 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯7 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯8 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯9 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯10 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯11 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯12 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯13
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/2524.html
クロノは任務中に保護した管理外世界の男性に頭を悩ませていた。 保護したのは年は二十歳前後、体格の良く顔も整っている人間だったと思われる男性。 だったと思われる、というのは今は見た目にはわからないが、拾った時は昆虫っぽい亜人だったからだ。 第一、人間は…人間以外でもほとんどの生き物は、例えSランクオーバーの魔導士だろうが、生身で宇宙空間に漂っていて無事だったり、この船の検査を無意識に無効化したりはできない。 …船に回収してからすぐにクロノ達は彼の検査を行った。 だがその男を詳しく調べようとしたその時…不思議なことが起こった。 補佐であるエイミィと担当者しかまだ知らない事実だがいくら調べようとしても何も見えてこなくなったのだ。 クロノは記録されていたその映像を見て色々な手を試した無駄な時間を思い知りため息をつき、クロノの意識は男性を保護することになった経緯を思い返す…それはある管理外世界が滅んだことが観測されたのが始まりだった。 まず管理外世界は基本的に不可侵である為、詳しい事情はクロノ達にもわからないということを先に述べておく。 その世界の統一国家であるクライシス帝国は、管理局が禁忌とする質量兵器と強力な兵を多数保有しており、独特の文明を発達させていた。 宇宙空間にも進出していることなどが確認されており、本来は管理世界の一つに数えられるはずだった。 だがどういう経緯か、未だ管理外世界とされており、交渉も殆ど行われていなかった。 そんなクライシス帝国だったが、先日突然その世界も巻き添えにして滅びたらしい… それだけなら管理局の上層部は、質量兵器等は危険であると言う認識を深めるだけで終わっていただろう。 他にも何らかの理由で滅びの危機を迎える管理世界が100以上もあるのだから。 だがそれが止んで暫くたったある日のこと。 ほんの一瞬だけ、クロノが乗るこのアースラの総エネルギー量がカスに思えるほどの超超高エネルギーを秘めた何かが、その付近で観測された。 (観測されたエネルギー量からいって、無関係だとしても遠からず原因究明に派遣されていただろうが)恐らく、それがクライシス帝国を滅ぼした原因ではないかと管理局は予想し… その捜索のためクロノらに消失した地点に向かい痕跡を探るよう命令が下った。 そこで見つけたのが、この男性、『南光太郎』だった。 名前は寄り添うように漂っていたバイクと車もクロノ達はアースラに収容しており、その二機から聞いた。 回収した時の光太郎の姿と同系統のフォルムを持つ二機が(魔力などは全く持っていないようだが)意思を持ち、話を聞くことができたのは行幸だった。 昆虫っぽい亜人の姿から人間の姿になったのはつい先程、検査を止めて暫くしてからのことだった。 …戻ったら戻ったで全裸で、一目でわかる程鍛えられた体と『凄く…世紀王です』ということはわかったが、どうでもいいことだ。 この男性の名前は南光太郎。21歳…クロノの、妹みたいな友人と同じ地球の日本出身らしい。 バイクも車も、詳しくは教えてはくれなかった。 乗り物とはいえ、強引な手段を使うことを好まないクロノは無理に口を割らせたりはしなかった。 クライシス人が地球に潜入していたと言うのだろうか? それとも地球人が何らかのアクシデントに巻き込まれクライシス帝国にいたのか。 管理世界のどこかから違法に地球とクライシスを行き来していたのか。 疑問は尽きなかったが、光太郎が目覚めれば解決するだろうし、クロノの頭を悩ませている問題ではなかった。 ただ、二台がクロノが地球のことをそれなりに知っているのに『南光太郎』の亜人形態を知らないことに戸惑いを見せていたのが気になった。 体の検査を諦めたものの、もしもの時は軟禁できるよう用意された別室にクロノは入る。 光太郎が寝かせられた備え付けのベッド以外に殆ど何もない部屋は、清潔感のある白系統の色で統一されている。 部屋の中へとクロノは足を進め、絵や写真の一枚もなく、殺風景な部屋で寝息をたてている光太郎の様子を伺う。 存外整った顔に浮かぶ表情は険しく、何か悪い夢でも見ているようだった。 時折、「教えてくれ…キングストーン」とか寝言を言っているが、何のことかまではクロノにもわからなかった。 まさか人名などではないだろうが。 クロノが悩んでいるのは、光太郎をどうするかだった。 法的には何も問題はない。クライシスも地球も管理外世界だし、犯罪らしい犯罪を起こして捕まえたわけでもない。余罪も、多分無い。 何故あんな場所にいたのか追究は必要だろうが、重要参考人程度で済むだろう。 どちらの世界で何をしていようが、それは管理局が裁くものでもない。 自分が調査している原因に深く関わっているだとか、普段からクロノ達が回収・管理して回っている『ロストロギア』に即認定されるであろう 『キングストーン』を二個持っているなどとは思いもしなかったクロノは光太郎の罪状などについては、そう考えていた。 いや、もし持っていると考えても『八神家』という前例をよく知っているクロノの考えは変わらなかっただろう。 ちなみにロストロギアとは…過去に滅んだ超高度文明から流出する特に発達した技術や魔法の総称で危険なものも多く、主に時空管理局が管理していた。 今クロノが気にしているのは、罪科ではなくクロノ達では検査できなかった肉体をそのまま報告すれば本局がどう判断するかだった。 宇宙空間で生存可能な人間…強引に管理下に置かれ実験に協力させられることになるのだろうか? 「…ここは?」 考えに耽っていたクロノは男が発した声に目を見開き、光太郎を見た。 光太郎の目が薄く開いていた。男が目覚めるのを見ながらクロノは顔を顰め、光太郎をモニタしているはずの担当者へと通信を繋ぐ。 担当者から帰ってきた答えはデータには全く変わりない、ということだった。 クロノの表情は報告を聞いてより険しくなる。 覚醒することも察知できない隠蔽能力ってなんだ? もし逃げられて一旦見失ったら発見は困難かもしれない。 実験体になることを強制されるのでとか気にするクロノの嫌な予感を更に加速させながら光太郎は体を起こした。 「目が覚めたか」 「君は…」 意識が完全に戻っていないらしく、目を瞬かせた光太郎は次の瞬間クロノの肩を掴んでいた。 クロノは肩の痛みで呻き声をあげるのをどうにか堪える。 思っていたよりも、遙かに素早い。 出世をして前線を退いたとはいえ、未だ一線級の魔導師であると自負していたクロノは反応が遅れたことに自尊心を傷つけられた。 光太郎の方は、そんなことを気にする余裕など持ち合わせていない。 クロノの肩を握り潰しかねない強さで掴みながら、光太郎は詰問する。 「クライシスはッ! 地球はどうなったんだ!?」 「落ち着け…ッ、」 そう言ってクロノは手を退けようとしたが、光太郎の腕はビクともしない。 肩を掴む光太郎の、改造強化された手の力は次第に強くなっていく。 「これが落ち着いていられるかよッ、頼むから教えてくれ!」 「痛いんだ!! 僕の肩の骨が砕ける!! 教えてやるから落ち着けと言ってるんだ…!」 「す、すまない…」 苦しげなクロノの言葉を耳にし少し冷静さを取り戻したのか、光太郎は掴んでいた肩を離してクロノに詫びる。 自由を取り戻したクロノは、肩の痛みを我慢しながらクライシス帝国のある次元世界が滅んだ事、地球は無事である事を説明しはじめた。 クライシスが滅んだ事、地球は無事だと言う事を聞いた光太郎は一瞬笑い、今は深い悲しみを表に出す。 「今度は僕から質問させてくれ。クライシスが何故滅んだかや君が何故あの場所にいたのか。君の出身なども含めて知っていることを」 「世界が滅んだのは、多分…俺が、クライシス皇帝を殺したからだ」 クロノは(他人からみれば少しの間だったが、)暫く二の句が告げられなかった。 ……何を言ってるんだコイツは?というのが素直な気持ちだった。 クライシス皇帝を殺す事と世界が滅ぶ事は関連性などないようにクロノには思える。 死ぬ前に皇帝がロストロギアを暴走させ、世界を道連れにしたということだろうか? 皇帝を殺したことについては、それこそクロノの権限ではどうにもできない事柄だ。 管理外世界で人殺しが行われたら、それはその世界の法で裁かれる。 だがその世界も滅んでいたら…? 管理局はその場合代わりにやるような機能は無い。 突拍子も無い話に困惑するクロノに、光太郎は憂い顔のまま説明を続ける。 「クライシス皇帝の力は怪魔界全体に広がっていたらしい。奴を殺せば怪魔界全てが滅ぶ。そう奴は言っていた」 「…信じがたい話だな。それで君は、どうしてそんなことを?」 少し身を引き、何かをしようとしたなら今度は返り討ちにする用意をしながらクロノは質問を重ねた。 だがその質問には光太郎は意外そうな顔をした。 「? 知らないのか? クライシス帝国は地球を侵略してたからじゃないか」 「なんだって?」 「本当に知らないのか!? 帝国50億の人間を移住させる為に、クライシス帝国は色んな怪人を送り込んでいただろう!?」 興奮状態の光太郎を宥めながらクロノは記憶を探ったが、やはりクライシス帝国が地球に攻め込んでいたと言う話は記憶に無い。 そんな話があれば義妹達から真っ先に聞かされているはずだ。 「そんな話は、聞いたことが無いな…」 疑わしげに返すクロノに、光太郎は怒りを隠さなかった。 「冗談きついぜ。ゴルゴムから半年、やっと平和になった日本に奴らが侵攻していたことは、全世界で知られているはずだ」 「ゴルゴム?」 これもまた前回地球を、海鳴を訪れた時には全く聞かなかった話にクロノの困惑は深くなっていく。 ゴルゴムという単語にも困惑した表情を深くするだけなのを見て、光太郎は怒りを通り越し、呆れたようだった。 「ゴルゴムも知らないのか? 話にならないな…他に誰かいないのか? ニュースとかに目を通してる人とかさ」 少しクロノを笑う光太郎に、クロノは不愉快さと持つと共に何か…決定的に見落としていることがあることを確信していた。 「僕だって大きなニュース位は聞いている。君こそ、どうも僕の知る地球とは違うように感じるんだが」 「はぁ? 地球が二つあるって言うのか? 悪いが、冗談なら俺は」 「冗談じゃない! いいか? 少し話を整理するから僕の質問に答えてくれ」 そう言ってクロノは、ゴルゴム等を知らない事に呆れ、怒ったままの光太郎に幾つか質問をしていく。 質問の内容に光太郎は素直に答えてくれているようにクロノには感じられた。 余り嘘などが得意なようには見えないし、頭がイカレているようにも見えない。 幾つかの質問を終えたクロノは不承不承ながら、一つの事を認めた。 「…僕が知る地球と君の言う地球は別のもののようだな」 光太郎も、クロノの質問から予想していたのか驚きはしなかった。 むしろ驚きはクロノの方が大きかった。 次元世界に地球は一つだけだ。 クロノの義妹や友人のなのはが住む世界の地球だけだ。 だが光太郎の地球はそこではない。 クロノの知る地球はゴルゴムが日本を占領したことなど無いし、クライシス帝国の侵略など受けていない…それに改造人間。 仮面ライダーなんて存在しない。 信じられない話だが…だが、こう考えればしっくり来るという考えがないわけではない。 次元世界では未だ確認されていない、次元世界の外が更に存在しそこの地球にクライシス帝国は侵略を行っていた… 次元を渡る能力を持たなかったにも関わらず、そんなことがあるというのだろうか? 専門家ではないクロノには判断が付かなかった。 ただ分かるのは、思っていたよりも遙かに光太郎は厄介な問題児だということだ。 「今度は俺の質問に答えてくれ。地球でもクライシスでもない、ここはどこだ? 船の中みたいだが」 「…アースラだ。君には悪いが暫く航海を続けるよう命令がきている。後で世話を」 クロノが説明しようとした途中で、光太郎は突然壁の方へと目を向けた。 「どうかしたのかい?」 尋ねながら、さりげなく光太郎の見ている方を見たが殺風景な壁があるだけで特に目に付くものはない。 だというのにクロノの脳裏にも何か引っかかるものがあった。 それが何かクロノが答えを出す前に光太郎が尋ねる。 「アクロバッターやライドロンも、俺のバイクと車もここにいるのか?」 「…どうしてわかったんだ?」 光太郎にはまだ収容したことは伝えていない。 だがしかし、光太郎が視線を向けた方向には、確かに二機を収容した場所があることとクロノは知っていた。 名前を知っていたことからブラフで言っているのかと考えるクロノに光太郎は爽やかな笑顔を見せて答えた。 「俺とアクロバッターは仲間だからだ」 何かそういう機能があるのだろうが、勘弁してくれとクロノは思った… * 光太郎が目覚めて半月近くが過ぎた。 状況に余り変化はない。 クロノ達は怪魔界を滅ぼしたロストロギアの実態調査及び探索の任務中で、相変わらず航行中だった。 光太郎はその途中で救助されたクライシス帝国の被害者と言う扱いを受けている。 改造人間だと言う話は信じてもらえたが、皇帝からクライシス帝国の幹部、怪人達をほぼ一人で倒し、クライシス帝国を壊滅させたと言う話までは話半分に聞かれているのだ。 勿論光太郎もただ彼らの保護にあるのがよいとは思っていないのだが、彼らとは技術体系が違うのでどうしようもなかった。 ライドロンやアクロバッターが何故か一緒に回収されていたが、ライドロンの力でも地球への帰還は出来ないという回答が来ている。 怪魔界と地球を行き来するのと管理局が行っている管理世界間の移動は異なる技術であるらしい。怪魔界からであれば地球へ行けたが、怪魔界はもうないのだ。 だが、地球への帰還を諦めてはいない。クロノは協力を約束していたし、光太郎自身も研究者達を訪ねるなり、探していく決意を固めていた。 その体には少なくとも五万年もの時間があるのだから。 そんなわけで機密に関わる場所に入るわけにも行かない光太郎は、一先ずクロノの保護下で管理世界の知識を吸収することに努めていた。 それに関して、この管理世界の地球で使われている言語と光太郎の地球の言語は同じだったのは幸いだった。 光太郎自身も驚くほどの吸収力を見せ、光太郎はミッド語を学び、知識を得ようとしていた。 クルーの娯楽や学習のため用意された蔵書に目を通しながら光太郎は驚いていた…理解力などが向上しているようだ。 だが、驚きはすぐに消え光太郎は恐怖を感じた。 本を読む手が止まり、虚空を見つめる光太郎の脳裏には、こちらに来てから一度だけ夢の中で語り掛けてきたキングストーンの声が響いていた。 夢の中で、光太郎の故郷の地球に似た風景の中でキングストーンは光となって現れた。 光太郎を照らし、穏やかで力強い声で光太郎に語りかけた。 『光太郎よ、お前の肉体は遂に創世王の肉体となった』 (ど、どういうことだ? 信彦のキングストーンは確かに破壊したはずだ) 『宇宙に投げ出され漂流するお前は、クライシス帝国の民を切り捨てる決断をしたことで弱り、孤独を恐れた。 無意識にそれを埋める存在を求めたのだ…アクロバッター、ライドロン、そして、それらよりも先に、お前が破壊したと思っていた『月の石』がそれに答えた』 (答えてくれ! キングストーン。『月の石』がまだあったと言うなら、信彦は生きているのか!?) 50億の民を切り捨てたと言う声に怯みながら、肝心な所を答えないキングストーンに苛立った光太郎は叫んだ。 だが、キングストーンはあくまで静かに光太郎に答えを返す。 感情を乱す光太郎を打ち据えるように、厳かに声を響かせる。 『信彦は死んだ。クライシス帝国とお前が殺したのだ』 (……そうか) 『だが、我らはお前が何度でも蘇るように、また何度でも蘇る。光太郎、お前が望みさえすれば…何度でも。光太郎よ。成長するのだ…さすればアクロバッターを呼んだように故郷の地球を感じられるであろう。そして戻る事も』 自分が兄弟のような、あるいはそれ以上に想っている親友と戦い、殺した記憶が光太郎を苛む。 改造手術から、ゴルゴム神殿の崩壊から信彦を残して一人で脱出したことも。 実際は死んでいなかったとしても…ブラックとして、RXとして合計二度も殺したことも光太郎の魂に深い傷として残っていた。 (もう一つ教えてくれ…怪魔界は、滅んだのか?) 『渦中にいたお前は、理解しているはずだ。今は思い出すまいとしているに過ぎない…』 そして怪魔界の人間。 否…怪魔界に生きる全ての生命を自分の手で滅ぼしてしまったという事実が、光太郎の心に新たな、とても深い傷となって刻み込まれた。 クライシス帝国との戦いで大切な人を失い、既に傷ついていた光太郎の心には、それは重すぎた。 そうして弱った光太郎の心が『月の石』を呼びよせ、二つのキングストーンを揃える事になったのだと言われた光太郎は、 光太郎は表情を歪めながら、それでもキングストーンに尋ねた。 地球に戻る事ができると言う言葉は、微かな希望だった。 クライシス帝国の侵略から守った地球を見たい。 それに共に戦った仲間や、先輩、叔父夫妻の子供達も地球にいるのだ。 (…戻れるっていうのは本当なのか? どうして、そんなことがわかる!?) 『かつて同じような事があったからだ。光太郎…前創世王も、五万年前に同じ道を辿った』 (…ど、どういうことだ!) 『創世王は、肉体を失うまで今のお前と同じくクライシス帝国のような侵略者と戦い続けた。そして人々を守り、傷つき倒れお前も知るあの姿となった』 光太郎が見た創世王の姿は、巨大な心臓のような姿だった。 それが、遠い昔は違う姿を取り光太郎と同じように戦っていたと、キングストーンは言った…にわかには信じがたいことだった。 『そして、侵略者と対抗する内に創世王を神と崇めるようになった支援者達が、ゴルゴムを作った。肉体を失った創世王は、それを受け入れる他戦う術がなかった』 (…! 馬鹿な…馬鹿なことを言うな!! あの創世王が、俺と同じようにクライシスと戦っていたというのか!?) 自分達を浚い、改造したゴルゴムと創世王が。 数多くの悲劇を生んだあいつらと同じだと認めることはできず、光太郎はいつの間にか叫んでいた。 だがそんな光太郎の激情も物ともせずに、キングストーンの言葉は光太郎の中に強く響いてきた。 『その通りだ。光太郎、お前はまだ、創世王が歩んだ道を一歩進んだに過ぎない。だが、彼よりも更に成長せねばならない…新たな創世王が生まれるその日まで。戦い続ける為に。半ばで倒れ、ゴルゴムなど作らぬ為に』 (何を…言ってるんだ。キングストーン) 『だがそれは、心までも新たな創世王となるということ。お前を苛む孤独は完全に消え、お前は人を必要としなくなる…多くの人々がお前を恐れ、数少ない者達がお前を崇めても』 (……俺は、俺は人間だ!) 『いずれ、遠くない未来…たった千年程の時間が過ぎれば、お前は人々に心動かされる事はなくなるだろう…賢き道を行け、光太郎』 キングストーンはそう言っていた。 光太郎はその言葉を思い出し、より孤独と郷愁、そして未来への不安を感じていた。 「…そうなるとは思えないぜ。キングストーン、この孤独がいつか消えるって言うのか? 俺は、あの創世王と同じ道をなぞっているだけなのか?」 嘆く光太郎にキングストーンは答えなかった。 代わりに教えられたことは、かつての創世王が同じような事故にあった時は地球に戻るまで千年以上の歳月を必要としたということだった。 光太郎の心は深く沈みこんでいった。 そこへクロノがやってくる。 クロノは管理局本局にもうすぐ到着すると告げた。 「それから君は一度管理局の保護下に置かれることになる。管理世界にない感染症がないか、その逆も含めて君の体を検査したり前科が無いか調べる少しの間だけだ。 直に、多分君は地球へ送られることになるだろう」 クロノはそういうと、海鳴市にある家やこちらにあるオフィスの場所や連絡先を光太郎に教える。 今の光太郎の記憶力なら、それを覚える事はそう難しい事じゃなかった。 「開放されて、もし困ったことがあったら連絡をしてくれ」 「それなら、俺のアクロバッターとライドロンを頼んでいいか?」 光太郎の申し出に、クロノは陰りのある笑顔を見せて頷いた。 軽く音速を超える速さで怪人を轢き殺してきた車を、質量兵器を禁忌とする管理局に引き渡して弁護するのは流石のクロノにもできることではない。 「元からそのつもりだ、あんなもの…本局には渡せないからな。君のバイクと車は責任を持って預かっておく」 「頼む、世話をかけるな」 「気にするな。お陰でクライシス帝国のことも少しはわかったから、その礼代わりさ」 素直に礼を言って光太郎はクロノと別れ、アースラを下りる。 アクロバッター達と分かれたのは、クロノによればアクロバッターと、特にライドロンが管理局が禁止している質量兵器に認定される可能性がある。 航行中、クロノと話した際に二機の性能を知ったクロノに渋い顔で言われた光太郎はクロノの伝手を頼むしかなかった。 余りよくないことだが、抜け道が結構あるらしい。 そして…本局を訪れた翌朝には、光太郎は身柄を移送されていた。 移送先は周囲を荒野に包まれたこれもまた殺風景な場所だったが、地上である分アースラよりはマシだとさえ光太郎は感じた。 施設内では、白衣を着た男が秘書らしき女性を伴って光太郎を待ち受けていた。 男は二十歳を少し過ぎただけのようにも、四十を超えているようにも光太郎の目には映った。 性差はあるが、隣に立つ紫のロングヘアーの女性とその男はどこか似ていた。 「君が光太郎だね?私が君の担当になったジェイル・スカリエッティだ。ドクターと呼んでくれると嬉しいな」 「よろしくお願いします。ドクター」 がっしりと握手をする光太郎を見るドクターの秘書らしき女性の笑顔が微かに深くなった。 光太郎はそれ気づき、女性にも挨拶をする。 「君のようなケースはとても希少だからね。協力に感謝するよ」 「お手柔らかに頼みますよ」 「私に任せておきたまえ…全てね」 そう言ったドクターの目に狂ったような光が宿ったが…ゴルゴムの科学者に比べれば幾分マシ、としか光太郎の目には映らなかった。 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/a_nanoha/pages/142.html
魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯1 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯2 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯3 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯4 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯5 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯6 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯7 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯8 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯9 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯10 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯11 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯12 魔法少女リリカルなのは 魔法辞典♯13
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3444.html
セッテがRXと再会した翌日から、調査は開始された。 六課は捜査対象のスカリエッティの情報を欲しており、スカリエッティの所から脱出してきたセッテは情報を期待されていた。 セッテの扱いをRXの兄妹分とするか、スカリエッティの生み出した戦闘機人とするか……意見が分かれていることについてもどの程度協力的であるかで大きく変わる事になるだろう。 予定されていた時間より少し早く、RXの部屋になのはが入ってくる。 セッテでなければ他の人間が行うのだが、AMFの影響を受けないISと強化された肉体を持つ戦闘機人が相手では、六課の施設ではなのは達しか適任者がいないと判断されたからだった。 と言っても、なのは自身にはセッテを危険視する気持ちは全くないのかバリアジャケットさえ身につけていなかったが。 セッテは、自分の実力にそれ程自信があるのだと取って微かにスカリエッティの面影を感じさせる薄笑いを見せた。 『流石管理局のエースオブエース。そこにシビれる憧れるッ!!』とスバルがいたら拳を握ってくれたことだろう。 ちなみにフェイトも担当候補には上がっていたが、RXとの関係を考慮して止められた。 セッテより余程緊張した様子の光太郎がなのはを迎え入れ、セッテに飲み物を出させて……その後すぐに事件が発生したことを知ってそわそわとする。 なのはとセッテはそれを見て揃って出撃を勧めた。 「慌しい人だよね」 ゲルが完全に室内からなくなったのを見届けてからなのはが笑いかけると、セッテも釣られるように笑みを見せた。 「それで何をお話しすればいいでしょうか?」 「うん、まずはどうして私達に協力してくれる気になったか教えて欲しいの」 その雰囲気のままセッテは尋ねられたことに答え始めた。 「お兄様が協力されているからです。私はこれからも仕事を手伝っていきますから」 「そっか……信じるよ。じゃあセッテ。貴方が知ってることを『お話して欲しいの』」 満面の笑みを浮かべるなのはになんとなく圧迫感を感じたもののセッテは口を開いた。 「ええっと……何から話せばいいんでしょうか……?」 一番最初に浮かんだのは、六課のメンバーは凄いんだよと言っていた話で、『私もまだお目にかかったことはないが、なんでも彼女は1秒間に10回もSLBを連射しつつ『お話して欲しいの』発言が出来るらしい』だったが。 無論セッテも暫く光太郎やウーノと暮らした身。なのはの清らかな笑顔を見て思ったことをそのまま口にするのはグッと堪える位には人生経験を積んでいた。 「知ってることはなんでも教えて欲しいの。セッテにとって当たり前のことが私達にとっては重要なこともあるから……」 なのはの説明に、セッテは困ったような顔をするとなのはは子供を相手にするようにセッテに尋ねた。 「じゃあ、スカリエッティの目的や、計画。現在の居場所とかについて知ってることはある?」 「それなら。ドクターの目的や、計画していることの一部や、再改造された場所についてはお教えできます」 「本当!! ぜひ教えて」 「ウーノ姉さまから聞いた話になりますが、ドクターの目的は自由になることです。どうやってそれを実現するかについては私は教えられていません」 「え……ごめん。ちょっと気になったんだけど、今も自由にやってるよね?」 「スポンサーが煩わしい……だったような」 「そ、そんなことで!? 「え? はい」……それが誰かわかる?」 「いいえ。確か、ご老人方と呼んでいるのを何度か聞きましたがそれが誰かは……」 「ふ~ん……」 考え込むなのはに構わずセッテは言う。 「ドクターの計画の一部と再改造を施された場所ですが」 「あ、うん。じゃあ、先に場所を教えて……ありがとう。ちょっと待ってね」 求められるままセッテは知っていることを書き出し、なのははそれをはやて達に伝える。 同じ戦闘機人の姉妹や、作成者のスカリエッティを売るような行為は躊躇うかと思っていたはやて達は少し拍子抜けしていた。 その場所は直ぐに手のつけようのない発光するゲルに襲われるだろう。何か残って入ればの話だが。 情報を伝え終わったなのははモニターを切って再びセッテに尋ねた。 「お待たせ」 「私が聞いたのは、今後スバル・ナカジマかギンガ・ナカジマを確保するために私を投入するつもりだということです」 「スバルを!? ど、どうして……」 「それは私には……念のためにと言っていたくらいです」 「そう………………」 「お役に立てず申し訳ありません」 「ううん。すっごく助かるよ。あ、そうだ。セッテ。後、スカリエッティはRXさんに拘ってるようなところがあるけど、それはどうしてかわかる? コレまでスカリエッティが関わっていた事件から自己顕示欲が強いのは知ってるけど、最近はRXさんに興味津々だよね」 「私もそれについてはあまり詳しくは……機能に好奇心を持っているのは確かですが、姉さまによると今は本人に親近感を持っているとか」 「どういうことか、詳しく話してくれる?」 「…………お兄様の経歴がドクターの目的と重なっている、と考えているのかも……? とか。すいません、適当な事を言って。忘れてください」 自分でもあまり信じられないようなことなのか、途切れ途切れにセッテは言う。 「ううん……でも、RXさんはスカリエッティの事を敵だと思ってるのに、どうしてそう思ったのかな?」 「? ドクターはお兄様と復縁可能だと思っていますよ」 申し訳なさそうにしていたセッテが、そこだけは不思議そうに言った。 今度はなのはが困惑したように眉を寄せる。 「それは……どうしてなの?」 「私達が曲がりなりにもお兄様に受け入れられているからです。ドクターにとっては、本人がどう仰るかは分かりませんが、私達はドクターの一部ですから」 なのはが意味が理解できていないらしいことを見て取ったセッテが考えながら言う。 「ドクターは、……自分の作品が認められる事が自分が認められることだと思っている節があります。他に手段がないからだろうと姉さまは言ってましたが。 ですからドクターの作品である私達をお兄様が受け入れている限り、ドクターはお兄様が口ではどう言っても『自分のことは幾らか認められている』と考えるらしい、です」 他の情報と同じく、セッテ本人の考えではないようだが、これまでの内容を信じるなら同じくある程度信用出来る話になるのだろう。 なのはは、スカリエッティがそんな風に考えているとは思っても見なかったし、常識的に言えばなんとも嘘くさい理由だとしても。 「勿論そういう意味では、プロジェクトFの残影を使っている管理局に対しても同じような事を考えている節がありますが」 セッテの話を聞いたなのはは、それ以上の質問は止めた。 ちょうどはやてから連絡が入り、他の施設で検査を行う手続きができたことが伝えられる。 なのはは手続きが早すぎると感じたものの、セッテを誘って部屋を出た。 セッテは姉から聞いた話でしかスカリエッティについて知らないようだ…… その姉が最もスカリエッティについて知っているのかもしれないが、本当なのだろうか? 外へ連れ出すと、おかしなことに陸の方から手配された車がわざわざ迎えに来ていた。 ゆったりとした車に乗った快適な状態でセッテは移動し、施設ではいつもギンガとスバルを担当している者達と今回陸の方から追加で派遣された人員と機材が、セッテの到着を待っていた。 昨日依頼したばかりだというのに、人員も機材も揃いすぎていた。 同行していたフェイトが、気味が悪く感じる位に協力的な体勢が用意されていた。 * 同じ頃、機動六課課長の八神はやて二等陸佐は108部隊の部隊長ゲンヤ・ナカジマ三等陸佐と顔をつき合わせていた。 ミッドチルダ北部に所在する、陸士108部隊。その部隊長室で、二人は応接用のソファーに座って向かい合っていた。 「新部隊、中々調子いいみたいじゃねぇか」 自分の部隊を褒められたはやては、嬉しそうに微笑み謙遜してみせた。 以前ゲンヤの元で研修を行った際に親しくしていた二人は師弟関係のような間柄だった。 「RXのヤツもいるって噂だが、そこんとこどうなんだ?」 「ふふっ。師匠のことやから知ってるんとちゃいます?」 「さあな、あの野郎最近俺のとこにあんまり顔ださねぇからな」 「お! 師匠が時々会ってるって噂は本当やったんですか」 「まあな……、娘たちには内緒ってことにしといてくれよ」 思った以上に食いつくはやてに微苦笑を返して、ゲンヤは尋ねた。 「しかし、今日はどうした? 古巣の様子を見にわざわざ来るほど、暇な身でもねぇだろうに」 「愛弟子から師匠への、ちょっとしたお願いです」 そこで来室を知らせるブザーが鳴る。 ゲンヤが砕けた姿勢でソファにもたれかかったまま返事をすると、扉が開きはやてのデバイスでもあるリィン曹長が顔を出した。 次いで、急須と湯飲みを載せたお盆を持って、ロングヘアに大きな紫色のリボンをつけた少女が入ってくる。 部下のスバルと良く似た容貌を持つ彼女とは顔見知りの間柄であるはやてが嬉しそうに名を呼んだ。 「ギンガ!!」 「八神二佐、お久しぶりです」 ゲンヤの娘でスバルの姉、ギンガ・ナカジマ一等陸士。 ギンガは挨拶とお茶汲みを終えると、ゲンヤとはやての話の邪魔にならないよう、すぐに退室していく。 扉が閉められるとはやては直ぐに要件に入った。 「メガーヌ・アルビーノって言う人のこと知ってはります?」 「……うちのカミさんの同僚だったからな、よく知ってるぜ。彼女がどうかしたのか?」 「はい。実は先日、メガーヌさんとその娘さんをうちで保護することができたんです」 「ほぉ、詳しく教えてくれや」 ソファから身を乗り出したゲンヤに、はやてはメガーヌを保護することになった経緯を説明した。 その間に落ち着きを取り戻したゲンヤはまたソファにもたれかかり、神妙な顔つきで口を閉じた。 「そのセッテって子には礼を言わないといけねぇな」 「彼女の身柄は、陸の方へ移送されることになってます。それでなんですけど、師匠にお願いしたいことの一つ目は」 「二人のことか」 「はい」 ゲンヤは陸に身柄を移すことになった経緯は尋ねなかった。 陸で保護しているはずのメガーヌのことを頼まれる理由も含め、なんとなく察しはつく。 「八神の仲間が調べてるって件か……いいだろ。彼女らのことは引き受けた」 「それと………………私としてはこっちが本命というか、とても言いづらいことなんですけど」 「なんでぇ?」 「今朝、機動六課にスカリエッティがスバルとギンガを捕まえようとしているっていう情報が入ったんです」 メガーヌのことを快く引き受けたゲンヤも、それにはすぐに反応を返すことが出来なかった。 シワの刻まれた顔、ソファに食い込んだ指には汗がにじみ出ていた。 「…………あの子たちの元になった技術を生み出した野郎だったな」 「はい」 スバルとギンガの二人が戦闘機人であることをゲンヤははやてに話したことはない。 恐らく捜査の途中で戦闘機人について調べる内に自然と耳に入っていたのだろう。 「で、お願いしたいことって言うのはなんだ?」 「私がお願いしたいんは、密輸物のルート捜査なんです」 「お前んとこで扱ってる、ロストロギアか」 言いながらはやてが表示させたモニターには、ロストロギア・レリックが大きく映し出されていた。 ゲンヤは湯気の立ち上るお茶をちびちび飲みながら、データに目を通してゆく。 「それが通る可能性の高いルートが、いくつかあるんです。詳しくはリインがデータを持ってきてますので、後でお渡ししますが」 「ま、ウチの捜査部を使ってもらうのは構わねえし、密輸調査はウチの本業っちゃあ本業だ。頼まれねぇ事はねえんだが……」 「お願いします」 ゲンヤは言葉を続ける。 「八神よぅ。今になって、他の機動部隊や本局捜査部じゃなくてわざわざウチに来るのは、苦しくねぇか?」 「密輸ルートの捜査自体は彼らにも依頼しているんですが、地上のことは、やっぱり地上部隊が一番よく知ってますから」 滞りなく答えるはやてに、ゲンヤはデータを見つつ一時考え込む。 実のところをいうと、ゲンヤの率いる108部隊の管轄は既に上の指示で調査を行っている。 この10年足らずで二度もレリックの暴走による災害が起きたためだ。だが……要請内容自体に問題はない。 はやてのお願いしたいことというのは、この捜査協力を承諾することだったらしい。 「ま、筋は通ってるな。いいだろ、引き受けた。捜査主任はカルタスで、ギンガがその副官だ」 「はい。うちの方は、フェイトちゃんが捜査主任になりますから、ギンガもやりやすいんじゃないかと」 「はやて……頼んだぜ」 「任せてください。なのはちゃんもやる気でしたし、ギンガ用の新デバイスもスバル用に作ったのと同型機を調整して用意しますから」 複雑な表情で二人は視線を交わした。 お茶を出した後、はやてを待ち続けるリィンから出向の話を聞かされたギンガは歓声を挙げるのを堪えて声を抑えた。 「これは、凄く頑張らないといけませんね……RXさんもいるし!」 嬉しそうに付け加えるギンガに、リィンは彼女を真似して声量を抑える。 「はい!! あ、そうだ!! 捜査協力に当たって、六課からギンガに、デバイスを一機プレゼントするですよ」 「え? デバイスを?」 壁に張ってある数年前の、自分達が助けられた事件に関する記事の切り抜きを見つめていたギンガが、我に返ってリィンを見る。 費用対効果的に言って、陸では殆どの人間が安価なデバイスを支給されている。 そのため、スバルとほぼ同じタイプの魔道士であるギンガは、スバルと同じように母親の形見で、元々は両手用で1対2個だったリボルバーナックルの左手用と自前のデバイスを使っている。 (母の死後、スバルは右手用を使用している) 近代ベルカ式・陸戦Aランクの認定を受けているギンガでもそうなのだから、推して知るべしである。 「スバル用に作ったのと同型機で、ちゃんとギンガ用に調整するです」 「それはあの、凄く嬉しいんですけど……いいんでしょうか」 周囲に対して申し訳なさそうにギンガはリィンに尋ねた。 スバルがローラーブーツが壊れたのを機に、ローラーブーツ型のインテリジェントデバイス「マッハキャリバー」を受領したとメールで聞かされた際に少し羨ましく思っていたが、同僚を見ると素直には喜べなかった。 「だーいじょうぶです!! フェイトさんと一緒に走り回れるように立派な機体にするですよ」 「ありがとうございます。リィン曹長」 * 「戻っていたのか」 事件を解決して宿舎に戻ってきたRXは、通路でシグナムに呼び止められて足を止めた。 部屋に戻ろうとしていた所だったが、RXの方にも彼女に尋ねたいことがあった。 「ああ。シグナムはセッテの処遇がどうなったか聞いてるかい?」 「うむ。主はやての話ではお前と同じような扱いにする予定だ。ただ……外部の動きに不審な点があるらしい」 「?」 「機動六課は突っ込み所がありすぎるからな」 「そうなのか?」 「ああ。陸にこれだけの戦力を貼り付けておくなんてことはないが、何より各部隊で保有できる戦力の合計は決まっている。本来なら主達が同じ部隊にいることさえできん」 「ちょっと待ってくれ。それだと、どうやって六課が出来たんだ?」 一つの部隊で沢山の優秀な魔道師を保有したい場合は、そこに上手く収まるよう魔力の出力リミッターをかけるのだとシグナムは言う。 はやて4ランク、隊長はだいたい2ランク程ダウンさせているとのことで、話を聞いたRXは理解はしたようで頷いた。 だが時折自分もフェイトの仕事を手伝っていたことを考えると、納得しがたいものはあるようだった。 レジアスから陸に戦力が足りないということも聞いている。 そしてミッドチルダは第一世界とされているのだが、レジアスが辣腕を振るう以前は現在よりずっと治安も悪かったという。 そんな状況があったにも関わらず今聞かされた裏技が認められているということは、管理局は既に活動範囲を大きくしすぎて処理能力の限界を超え破綻しかかっているのではないのかと感じられるのだ。 「"こんなことをしてるから陸の戦力が足りないんだ"か?」 考えていることそのままとは行かないが、かなり近いことを言われ返答に窮するRXにシグナムは笑いかけた。 「一応は私も陸の所属だからな。私の口からは言えんが、もちろんこんなことが許されるのにはそれなりの訳がある。それで、だ」 身振りで促しながら、シグナムは歩き出す。 方角が一致していたのでRXは黙って共に歩き出した。 理由について気にならないわけではなかったが、尋ねなかった。 今言ったことだけではなく、他にも突っ込みどころがある部隊にはそれだけの後ろ盾もついている。 そのお陰で面白く思っていない者たちも公然と非難できないようにしてあるのだが、その後見人はRXも知っているクロノ提督とリンディ総務統括官。 フェイトの家族である彼らは、同時に過去に難事件を何度も解決して管理局内でも影響力のある派閥でもある。 それに聖王教会の騎士カリムと、他にも非公式に何名か協力を約束してくれている方がいるらしい。 RXはカリムも他の非公式の人物も全く想像できないでいた。 RXより幾つも年若い彼らは、年数においてはRXの何倍も働いていることを実感させられる。 ちなみにRXは喫茶店を任されたり、叔父の会社でパイロットをした経験しかない。 こちらに来てからはバイトのみだった。 後見人の事についての知識がないものと思ったのか、シグナムは聖王教会について歩きがてらRXに教えてやった。 「だが陸の方はあまり伝手がなかった。何せレジアス中将閣下が主を嫌っているのだからな」 それなのに今回セッテの処遇に寛容的な態度を見せている。 検査などについても協力的で、六課が申請するつもりだった事が優先して処理されているらしい。 「レジアスが気を回してくれたんじゃないか?」 「(お前にはまだ教えてなかったことだが、)近く六課に陸の査察が行われる予定があったが、それも取り消されてな。流石に主達も気味悪がっていた」 そう言われるとRXも返す言葉がなかった。 レジアスがはやてを嫌っており、六課にもいい感情を持っていないのは間違いないのだ。 それがまさか『元々粗捜しだし嫁に脅されたから取り下げることにした』などと言うことになっているとは思いもよらなかった。 返答に困るRXに気づいて、シグナムは苦笑する。 「すまない。お前に言っても仕方ないことだったな」 「……確かにレジアスらしくはないな。わかった。今度会ったら俺からも聞いておくよ」 「頼む」 シグナムはそう言って足を止めた。 話し込んでいる間に二人はRXの部屋の近くへ着いていた。 「ではまたな。ああそうだ……いい忘れていたが、先程アルビーノ親子の件についても連絡が届いた。二人とも意識が戻ったらしい……身柄は陸の方に預けられることになったそうだ」 「そっか……」 短く言葉をかわして、二人は別れた。 部屋に戻ると、セッテはもう戻っていて部屋を片付けているようだった。 RXは変身を解いて自分がいなくなった後の尋問の様子や、検査の結果を尋ねた。 セッテは何を尋ねられたか素直に伝えたが、検査結果については言葉を濁した。 「ご相談したい事があるのですが、お時間いただけますか?」 「勿論さ」 遠慮がちに言うセッテに水臭いと思いつつ、光太郎は頷いて話を聞こうとした。 「実は、今日検査を受ける事が出来たのですが……今後段階的に変身が出来なくなっていくかもしれません」 訝しむRXにセッテは説明する。 光太郎はそれをベッドにもたれかかりながら聞いた。 今日検査を行ったのは陸で戦闘機人についての知識・経験の深い人物で、諸々の事情で管理局の戦闘機人計画が頓挫している今局内ではこの分野については間違いなくトップにいる。 その理由に、スバルとその姉ギンガが関係しているであろうことは過去に二人を救助した際、二人が戦闘機人であることに気付いた光太郎には察しがついたが、口は挟まなかった。 生命活動については何の問題もないことはすぐに分かった。 だが同時にセッテに組み込まれた変身機能・再改造で新たに埋め込まれたレリックと思しき超高エネルギー結晶体は確認はされたものの、現状手の施しようがないことも分かった。 他のエネルギー結晶体ならまだ幾つかの方法を試して対策を練られるのだが、レリックが大規模な災害を起こした第一級捜索指定ロストロギアであるため、対処はより困難になっている。 その為、今確かだと言えることは、セッテが普通に暮らしていくことに何の問題もないということ。 変身についてはよくわからないし、レリックについてはもっとよくわからないので、セッテの同意の下に研究するしかないということ。 レリックのエネルギーを利用する能力については衰えていくだろうということの三つだ。 基本的な性能も向上しているが、再改造されたセッテの最も大きな違いは体内に埋め込まれたレリックのエネルギーを利用することが出来るという点だ。 だがその能力については調整を行わなければ徐々に衰えていくだろうと予想されている。 この調整を行うことが出来る者は現在の管理局にはいない。 戦闘機人について表立って研究を行うことが出来ない管理局は、戦闘機人が持つISについてさえ十分なデータを持っておらず、RXのデータから生まれた変身の機能や体内に超高エネルギー結晶体を埋め込み、そこからエネルギーを供給するという方法も今まで考えられていなかった。 変身する種も戦艦の魔力炉から魔力供給を受ける魔導師も存在しているが、魔力を使わず人体に機能として埋め込むという手法は他に同じような効果を生み出す手段が既に存在している為存在しないのだ。 「話はわかったが、セッテの体は本当に大丈夫なのか?」 「勿論です。この話も殆どの人間には伝えられていません」 セッテ自体を危険に考える人間が出てくる可能性も当然あるが、その最有力であるレジアス中将が動いておらず情報は理解のある関係者の間だけに留まっている。 話を聞いたRXは少し考えて、「解決策にはならないが、『バイタルチャージ』っていうやり方がある」と言った。 「キングストーンの力を引き出すための動きがあるんだ。スイッチがついていれば楽なんだけどね……スカリエッティが俺を元にセッテの機能を考え付いたのなら同じような事ができるかもしれない」 光太郎の話を聞いて、セッテは納得したように頷いた。 脱出してトーレに襲われた時自然と使おうとしていたが、確かに力を引き出すための動きがあった。 スカリエッティは力を引き出すための動きをセッテに覚えさせている。 「あ!! それです。心当たりあります」 セッテがその動きを頭に思い描いているとそこにフェイトから通信が入った。 モニターが空中に開き、フェイトの顔が映る。背後には彼女の部屋と何らかのフィルターが掛かっているのか内容の見えないモニターが一つ開いていた。 「光太郎さんいますか?」 「ああ。どうしたんだい?」 「あ、こんにちわセッテ」 「こんにちわ」 セッテにも挨拶をしたフェイトは、彼女の周囲に開かれているモニターと光太郎の顔を交互に見ながら、躊躇いがちに口を開いた。 「ええっと……私も先程確認したばかりなんですけど、光太郎さんの所にも母から連絡が来てませんか?」 「ああそのことか!! アクロバッターを持ってきてくれるって話だろ?」 「はい。そのことなんですが、当日ヴィヴィオも一緒に来るみたいなんです」 「ヴィヴィオが!?」 それを聞いて、光太郎は困ったような顔を見せた。 予想していたのか、フェイトは驚きもせずに釘を指すように言う。 「……光太郎さん。楽しみにしてるみたいだから、会ってあげてくださいね」 「…………分かった」 暫く返答に迷った末に、光太郎は了承した。 その際に他の局員にも人間の姿を見せることになるのかもしれないが、共に行動するうちに警戒心が弱まったのかもしれなかった。 ヴィヴィオのことをよく知らないセッテが言う。 「ヴィヴィオというのは誰の事ですか?」 「ああそうか。ヴィヴィオは昔俺が助けた子だよ。フェイトの家に引き取られて元気にしてるらしい」 光太郎は助けた時のことを思い返して、つらつらとセッテに話していった。 その時にフェイトとも知りあったのだと言う光太郎がフェイトと一瞬目を合わせるのをセッテはじっと眺めていた。 「フェイトさん」 話が終わる頃に、セッテが口を開いた。 不意に呼ばれたフェイトは瞬きをしながらセッテに苦笑を返す。 「(前から思ってたんだけど、)呼び捨てにしてもらっていいよ」 「フェイトさん。少しお聞きしたい事があるのですが、後でお伺いしても構いませんか?」 「え、ええ。今日はこの後特に用事もないから、いつでもいいですよ」 すぐにフェイトの部屋に行こうとするセッテは、同じく立ち上がろうとしていた光太郎を手で制した。 「あ、私だけで。お兄様がいると話しづらいことですから」 一旦動きを止めていた光太郎は頷くと飲み物を取りに行くためにまた動き出した。 セッテはそれを少し見ていたが、部屋を出てフェイトのところへと向かっていった。 フェイトの部屋と光太郎の部屋はかなり近い場所に配置されていて、スカリエッティの手によって宿舎の詳細なデータも持っているセッテはすぐにそこへたどり着いた。 扉には鍵がかかっておらず、光太郎の部屋と全く同じように開いてセッテを迎え入れた。 フェイトは上着を脱いだだけの姿で二人分の飲み物を用意してセッテを待っていた。 「いらっしゃい。適当に座って」 「ありがとうございます」 促されるままにセッテは床に置かれたクッションの上に座る。 程なくお盆にクッキーと紅茶を載せてやってきたフェイトはその隣に腰掛けた。 「ちょうど良かった。私も聞いておきたいことがあったの」 「なんでしょう?」 「協力してくれたことにお礼がいいたかったし、セッテがどうしたいか聞いておきたくって。私達は出来る限り貴方の意向に沿う形になるように協力したいの」 「……以前と同じように活動したいと思っています」 そう言うと、クッキーを一かじりしてフェイトが言う。 「そうなんだ。じゃあ近くに泊まる所、早めに用意するね」 同じクッキーを一口で食べてしまいながら、セッテはそっけなく答えた。 「お構いなく。お兄様と同じ部屋を使いますから」 「それは、あそこは一人部屋だし、難しいんじゃないかな。ベッドだって一つしかないでしょ」 「はい。今度ソファベッドを探してきます」 「でも、ちょっと問題があるんじゃない? 光太郎さんはいつでも出かけちゃうし……」 「私もそれについていくつもりですから」 子供に言い聞かせるように言うフェイトに少し険のある顔をしてセッテは答えた。 今日も、検査などで拘束されていなければ共に向かうつもりだったのだと。 「そ、そうなんだ」 あまり強く言うつもりがないらしいことを感じたセッテは、自分の要件を言う。 「私の用件ですが、貴方とお兄様の関係について聞かせてもらえますか?」 「え? どうしてわかっちゃったのかな? わ、私と光太郎さんは……そ、そのお、お付き合いすることになったの」 照れながら言うフェイトの様子をセッテは紅茶を飲みながら観察する。 そのせいで少し間を開けたものの、先ほどと同じ調子でセッテは言う。 「そうでしたか。私も妹分として見守らせていただきますね」 「う、うん。よろしく……何か困ったことがあったら私にも相談してくれると嬉しいな」 「はい。フェイトさん」 それから他愛ない話を少ししてから、セッテはフェイトの部屋を後にした。 扉が閉まり、部屋から離れてからセッテは小さな声で呟く。 「ドゥーエ姉様の情報どおりですね」 今日の検査を行った人員のうち、陸から新たに回された人間の一人はISで姿を変えたドゥーエだった。 ドゥーエはうまく二人きりになる時間を作り、セッテにどうするつもりなのかと尋ねた。 セッテが生まれた時には既にドゥーエの任務は始まっていて、直接顔を合わせる機会は殆どなかった。 それにドゥーエは……先日殴り倒してきた誰かとは姉妹の中で一番縁が深い。 『トーレから機械的過ぎるなんて言われてたあのセッテがこんなことするなんて、皆驚いていたわよ』 『申し訳ありません』 『いいことじゃない。今度暇ができたら遊ぶ場所色々教えてあげるわ』 『……それは、ウーノ姉様に止められていますので』 『クアットロは私が教育係をしてたんだけど』 セッテの言葉を遮ったドゥーエの横顔をセッテは見た。 それは姉を見る目ではなく、必要なら排除することも躊躇わない強い意志を宿していた。 向けられたドゥーエはどこかスカリエッティやクアットロと似た笑みを浮かべた。 姉の表情を伺う妹が、突如として戦士の顔つきをしていた。 『そう。今レジーと暮らしてるのよね』 唐突に男女関係を明らかにする姉に、セッテは戸惑いを見せた。 『?』 『彼に頼んで、貴方達にとっても都合が良さそうな場所にセカンドハウスを用意してもらっちゃった。その時にその部屋も教えてあげようと思ったんだけど』 『ウーノ姉様には秘密ですよ』 姉の差し出した餌にあっさり食いつく妹の髪をドゥーエは撫でた。 『もちろんよ』 『そうだ。話は変わるけど今RXとフェイト・T・ハラオウンが付き合ってるらしいわ』 『……そうですか』 『…………? んん……まさか、セッテ………………』 ドゥーエから視線をはずし、少し険のある顔をするセッテをドゥーエは面白そうに眺めた。 『セッテ、ハラオウンは放っておきなさい』 『私には彼女に何かする予定はありませんが』 『彼女って積極的なのか奥手なのかよくわからないけど、どうせ海所属の執務官でしょ。ドクターを捕まえたら半年もせずに別の世界に行ってしまうわ』 『なるほど……ですが』 『RXは基本的にこっちにいるんだから、勝手にいなくなるもの。陸所属の人間の方が後々面倒よ』 部屋へと向かい歩き出していたセッテは、前方に長い赤髪を見つけて回想から立ち戻った。 RXの部屋はもう当の昔に通り過ぎている。 引き返そうと足を止めたセッテは、前方の赤髪の人物が自分を見つめている視線に気づき、見つめ返した。 「セッテか。こんなところでどうした?」 「部屋に戻るつもりだったのですが、考え事をしているうちに通り過ぎてしまったようです」 「そうか。それなら、私と模擬戦をしていかないか?」 何がそれならなのかバトルジャンキーではないセッテにはわからなかったが、もう少し行くと訓練施設があることはセッテもデータで知っていた。 しかもたった今シグナムがそちらからやってきたこともなんとなく察したが、セッテは頷いた。 シグナムは実に嬉しそうに笑いながら元来た道を戻り始める。 「シグナムさんは最近もお兄様と訓練をされているのですか?」 「うむ。奴はああだし、私も仕事で機会が減ってしまっているがな」 残念そうに語るシグナムに、セッテは何度も頷きながら言う。 「そうですか。よろしければ今度から私もご一緒して構いませんか?」 「勿論だ」 「よろしくお願いします」 「ああ」 セッテはそうして、シグナムと手合せをするようになった。 記念すべき一回目から、バトルジャンキーという褒められているとは言えないあだ名をつけられるシグナムと、直情的な所のあるセッテは上手く噛み合いすぎて熱くなり過ぎるほどで、セッテが持っている情報が六課に吸い出され、セッテが自由に六課内で過ごすようになるとその回数は少しずつ増え、内容の濃さも深くなっていくことになる。 つまり、何回目かには『どうしてこうなるまで放っておいたんだ……!!』と強盗や傷害、殺人犯達を精神的肉体的に後遺症が残りかねない程ぶん殴って帰宅したRXが言いだし、反省した六課の隊長達はそんな二人を程々で止める人手が必要とする羽目になり、手の空いていて二人に比する実力を持つという条件を満たす誰かが求められることになるのは早速必然だった。 もう少し率直な言い方をするならRXを轢く簡単なお仕事から解放された座敷犬が一匹監督につけられ体を張る羽目になるのだが、そうなるだろうなと容易に想像がつく第一回戦を見た者達は、教育に悪いから新人達の目には入れないようにしようとしか思わなかった。 手続きを終え、陸士108部隊から合流したギンガが、自分を歓迎する人々の中に一人包帯を巻いているザフィーラを見て、六課も日々危険な任務に身を投じているのだと心で理解して気を引き締めるのもまた誰も気にしなかった。 前へ 目次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3212.html
新暦七十四年某日。 任務を終えて、久しぶりに地球にある家に帰宅することが出来たクロノは、自室に篭り情報収集に努めていた。 身長と美意識にだけは恵まれなかったクロノの書斎は、机と椅子が一つある以外は殺風景なもので家族の写真がなければ使用されていないような印象を与えかねないものだった。 ヴィヴィオの教育方針に影響を与えるほど服などに無頓着なクロノは、一つしかない椅子に座って視線を空中に浮かぶ複数のウインドウの上に走らせていた。 一歩間違えれば世界が滅びる場合もある管理局本局の提督という仕事の性質上、任務中はその任務に集中し他のことは疎かになりがちになる。 それを補うため、クロノは自宅にいられる間も家族サービスと並行して世間のことに目を向けているのだった。 複数の世界の危機を伝える情報と、十年来の友人が各地で上げた成果や数年前に出来た友人がミッドチルダを騒がせているという記事に目を通しながら、机上のコップを持ち上げる。 母が淹れた液体は危うく口をつけてしまいかねない香りを放っていた。 が、常識的に考えて観葉植物の根元に棄てて帰る途中コンビニで買った缶コーヒーを鞄から取り出した。 一口二口コーヒーを舐めて落ち着いたところで開いていたウィンドウの一つにクロノは視線を向けた。 「で、もう一度最初から言ってくれるかな?」 「…フェイトちゃんから告白されて困っている。なのはちゃんにけし掛けられたようだった」 画面の中で整った顔立ちの青年が言う。 クロノが光太郎から視線を外しメールをチェックして見ると、フェレット野郎からなのはとの関係が友人から一歩進んだと喜び一杯のメールが届いているのが見つかる。 自然な動きでユーノからのメールをなのはの兄と父親に転送したクロノは視線を光太郎に戻した。 ミッドチルダで大暴れをして、他の管理世界で暴れていた犯罪者を集めてくれている仮面ライダーの中の人とは思えない、思い悩んだ表情で光太郎が言う事とは思えないが、そんな男だからこそかとクロノは思った。 そんな男だから、自分は会っても間もない頃彼のアクロバッターを預かろうと思ったのだろうなと。 最近は妹分…各誌では『2号』とか青いボディから"Blue"。 先日、新部隊設立の話で本局で顔を合わせたはやては、"尻神様"とか言っていたが…(カメラマンが納めた写真に写っているのが大抵バイクに跨った後姿だかららしい) 相棒も出来て落ち着きと貫禄が出てきたと思ってきたのだが、色恋が苦手なのは相変わらずらしい。 「君はどうしたいんだ? 確か今はフリーだったと思うけど…」 「…ああ」 返事が返されるまでの微かな間は、クロノに踏み入った質問をさせた。 「(一応聞いておくけど)ウーノさんとは本当に付き合ってるんじゃないんだな?」 ウーノ達の素性について既に光太郎から聞かされている。 クロノのことを信用しているということもあるが、光太郎が管理局からスカリエッティの研究所に送られたことと、ウーノが自首してもすぐに釈放されたということ。 その二つの出来事を、クロノにどうしても話す必要があったからだ。 そこからウーノ達のことを教えられたクロノの知る限りでは、光太郎とウーノの仲は良かった。 だからこそフェイトの気持ちを受けるかどうかということに関して、クロノはそこだけははっきりとさせておかなければならなかった。 缶コーヒーを傾けながら尋ねたクロノに、光太郎は眉を寄せた。 「ウーノとそんな関係にはならない。俺は何れスカリエッティを倒すつもりなんだぜ」 言う光太郎の瞳に、クロノはスカリエッティを倒すことに関しては一片の迷いもないことを窺わせる硬い、鋭い光を見たような気がした。 「それは関係がないんじゃないか?」 「ウーノは、他のことは協力してくれている…だが、生みの親であるスカリエッティを倒すことに関しては俺と対立してるんだ。彼女の妹が来てからは特に…」 それを聞いたクロノは思わず呟いた。 「彼女も苦労するな」 聴力も常人より優れている光太郎が聞こえないはずは無いのだが、光太郎は呟きが聞こえなかったかのような顔でクロノを見ている。 らしくない態度に、クロノは呆れたがこれ以上深く尋ねようとはしなかった。 友人のなのはに煽られたとはいえ、行動を起こした義妹に幾らかでもにチャンスが巡って来るのならば…ウーノには悪いがクロノは目を瞑るのが特に悪い事だとは思わなかった。 「………話が逸れたな……フェイトちゃんには悪いが、流石に年が離れているから断ろうと思っている」 「待ってくれ」 冗談ではないとクロノは少しだけ顔を画面に近づけて言う。 「光太郎…君、フェイトと付き合ってやってくれないか」 「何を言ってるんだ。俺は彼女の事はそんな対象としては…」 「わかってるさ……あの子はその辺りの感情は未熟なんだ。だから嫌じゃなければ暫く付き合ってやってくれないか? 勿論君に好きな相手が出来たなら別れてもらっていい」 口を濁す光太郎にクロノは言う。 頼まれた方は、性質の悪い冗談にしか聞こえないことを頼むクロノの真剣さに目を疑った。 「本気で言ってるのか?」 「勿論だ。義兄としては、このまま恵まれない子供達を引き取って満足されても困るんだ」 椅子の背もたれに持たれかかりながら渋い声で言うクロノ。 恋愛や結婚が必ずしも必要なものとは言わない。 だがエイミィと結婚したせいか、今のクロノはした方がいいと思うようになっていた。 それに対する返答はすぐには返らなかった。 「どうしても嫌なら断ってくれ」 「どうしても嫌ってわけじゃない。でも俺にはそんな器用な真似」 「僕は君に今までガールフレンドが何人かいたって聞いたぞ」 「それとこれとは!! …話が違うさ」 それから一時間ほどを、クロノは光太郎を説得する時間に費やした。 途中からヴェロッサにも参加してもらい、二人がかりでどうにか光太郎に承諾させたクロノの手元には空になった缶が4つも転がっていた。 一仕事終えたクロノの背中に、いつの間にか部屋に侵入していたエイミィの声がかけられる。 「どうしちゃったの? 無理やり付き合わせたって長続きしないよ」 「彼に言ったとおりさ。フェイトにいき遅れてもらいたくないし…彼ならフェイトのキャリアを犠牲にすることもないと思うしね」 説得するのに多少熱くなっていたにせよ、いつの間にか部屋に入り込まれていたことに驚きながらクロノは言う。 質量兵器を所有し、今は形だけとはいえ陸に追われているが、仮面ライダーは人気もあるし悪事を働いたわけではない。 人間としてはクロノも気に入っているので相手としてそう悪いものではないと考えていた。 驚いた素振りを見せないようにする夫の様子を微笑ましく感じたエイミィは空いた缶を回収しながら相槌を打つ。 「そんな言い方ってないでしょ。クロノにそんな心配されてるって知ったらフェイトちゃん怒るよ」 クロノは座ったまま肩を竦めた。 「光太郎を説得したんだからいいだろ」 「二人ともフェイトちゃんのことを何だと思ってるのよ……? あーあ、フェイトちゃん、聞いたら泣いちゃうかもね。脈なしなのかなぁ」 「どうかな。僕はうまくやると思ってるが」 「え、どうして?」 「僕だって告白されたのは女性の側からだったぞ」 「あ…もう。今日は早く寝てよね。明日ヴィヴィオのことで話があるから」 少し膨れた顔のエイミィの言葉から嫌な事を思い出したクロノは手を止め、間髪入れずに怒鳴りつけるような返事を返した。 「ヴィヴィオの入学試験の話なら反対だぞ!!」 声を荒げるクロノにエイミィはびっくりして首を竦める。 だが彼女も負けじと声を張り上げた。 「話だけでも聞いてあげて…!!」 「駄目だ!! あんな甘えん坊が士官学校に通えるわけ無いだろ!?」 数年前引き取ったヴィヴィオの知識や技術の習得スピードは目を見張るものがあった。 なのはと初めて出会った時にも驚いたが…ヴィヴィオの速さはそれを凌ぐ異常なものだった。 検査結果では、ヴィヴィオの元になった人物は約三百年前の古代ベルカ時代の人物ということしかわからなかったが、余程偉大な人物だったのだろう。 今のヴィヴィオが士官学校の試験を受けたとしたら、知識や魔法の能力以外の部分では十分に合格を狙えるだろう。 精神年齢は普通の子供と変わらない為、クロノとリンディはそう判断していた。 その上で、リンディは本人の意向を叶えてあげるべきだと決め、クロノは却下することを決めた。 エイミィは落ちるかもしれないんだし、と受けさせるだけ受けさせようと言うのだが、クロノはそれにも反対だった。 将来有望な魔導師を確保することにかけて彼等は必死だ。 なのは達の時のように特殊なコースを用意することも十分考えられるのだ。 「もう…!! 明日だからね!?」 出て行くエイミィにああ、と静かに返したクロノは断固反対し、明日の家族会議で勝利する為にシュミレートしつつ捜査を再開した。 とはいえもういない間の情報には目を通し終えている。 クロノは、管理局の闇を追い始めた。 光太郎がスカリエッティのところに送られていたことといい、ウーノがすぐに釈放された事といい、管理局はクロノが思っていたよりもずっと濃い影を持つ組織だった。 クロノはその事を憂いながら、その道のスペシャリストでもある友人のヴェロッサを含めても数人の口の堅い者とだけ安全な手段で連絡を取り合い、地道な調査を進めていた。 と言っても、調査はヴェロッサや彼と繋がりのある教会の心ある者達頼みでクロノが担当しているのは、事の次第が判明次第改革を行うための仲間作りであるが。 光太郎から聞いた話から考えると、クロノが下手に動けば管理局に巣食う犯罪者共に漏れているかもしれない。 そのせいで、クロノ達は捜査を開始して二年以上経った今現在も何も手が打てないでいる。 光太郎とフェイトの二人にしても、相手に情報が筒抜けである可能性が高いが、囮として何も言わない事にしていた。 それを思うと焦りが心の内側で微かに燃え上がった。 しかしそれは小さな火に過ぎなかった。 幼い頃から日夜世界が滅びる程の危機に立ち向かい続けるクロノには、その程度の焦りは無いも同然だった。 ほんの数分前まで「年齢差もあ「若い彼女が出来るんだから喜んでくれ。だけど傷つけたら君でも許さないぞ」と光太郎に言っていたとは思えない冷静な心境だった。 引き取ってから暫くが経ち、能力的にどうにか試験を突破できる目処が経った二人目の義妹の進学に反対する感情的な姿とは正反対の態度で、クロノは捜査を続ける。 途中経過を報告しあおうとヴェロッサと会う約束を取り付けながら、頭の片隅ではクロノは明日どうやってヴィヴィオ達を説得するかも考えなければならない。 「そうか……これは、使えるかもしれない」 不意にクロノは呟き、捜査の手を止めた。いい考えが頭に浮かんだのだ。 新たに開いたのは光太郎との通信のログが保存されたフォルダ。 クロノは目にも留まらぬ速さでそのログを編集し始める…見る見るうちに出来上がったのは短い映像だった。 少し垂れた巨大な複眼が爛々と、黒いボディが艶っぽく光るRXが親指を立てている。 『良い子の皆!! 士官学校は10歳になってから!! RXとの約束だ!!』 「…よし。これをCMの間に無理やり…」 職場でも家庭でも、彼は実に多忙な男だった。 * 「フェイトちゃんと光太郎さんがッ!? くッ…先こされてもうたッ」 新部隊設立のため奔走する最中にそれを聞かされたはやての第一声に光太郎とフェイトは揃ってついていけずに呆然とした。 久しぶりに休暇を取ったはやてが友達二人と会う約束をしたのは一月以上も前の事だ。 だが当日、待ち合わせ場所に一足先に着てみれば、何故か見覚えのあるベスパが彼女の前に停車した。 それを運転するのは光太郎で…後ろにはフェイトが乗っていた。 朝っぱらからそんなものを見せられては、好奇心を刺激され詳しく事情を聞こうとはやてが考えても仕方がないことだった。 フェイトを下ろして去っていこうとする光太郎の腕を掴み、待ち合わせ場所の傍にあったオープンカフェに連れ込むのに何の躊躇いも無かった。 「えっ…と先って」 そうして、事情を聞き悔しそうに唸るはやてにフェイトが声をかける。 少しだけ椅子を動かし、店員がセットした位置より少しだけ光太郎に寄った位置に座るフェイトにはやては慌ててジェスチャーを交えて、ちゃうちゃう、と否定した。 「いや二人ともそんな慌てんでええんよ。家の乳神様が不甲斐ないだけなんやから」 「ち、乳?」 ははは、と笑う友人の言い草にフェイトが恥かしがる。 おもろいなーと心の中で思いつつはやては説明をする。 「シグナムのことやん。あの胸やったらイチコロやと思ったのになぁ」 自分の守護騎士達の中でも一番の凶悪なボディラインを持つ女性を頭に思い描きながら、はやては両手を空中で動かす。 はやての頭の中ではその感触まで思い返されているのかその動きは妙に真に迫っていた。 「お、俺はそんな目で見たことは一度も無いぞ」 「ほんまに? まぁそれはええんよ。でもこれからも仲良くしたってな」 慌てる光太郎をからかいつつも、そう頼むはやての表情には微かに真剣さが透けて見えた。 気付いた光太郎達が不思議そうにするのではやては誤魔化すように笑う。 「んー……これは皆には黙っててな」 光太郎を引き摺るようにして席に着いた際に注文は済ませてある。 はやては注文した品が持ってこられていないか確認するように、店内にサッと目をやり神妙な顔を作った。 「取り越し苦労かな思うしまだまだ先の話しやけど、私が死んだ時あの子らがどうなるかちょっと心配なんよ。どうなるかまだ全然わからへんけど、光太郎さんやったら寿命も長いやろうしどう転んでもええかなって」 はやてと寿命の話をしたことなどなかったが、漫画等でマスクド・ライダーがある世界出身のはやてのことだ。 光太郎の姿が出会ってから変わっていないことや、何の漫画などを読んで少なくとも人間よりは長命だろうと検討をつけたのだろう。 光太郎自身は、自分の寿命がどのくらいかは知らなかった。 前の創世王の寿命から考えれば、恐らくは五万年はあるのだろうが。 以前キングストーンは、たったの千年もすれば自力で地球へと帰還する事が出来るようになると光太郎に告げた。 後990年以上…今の光太郎には気の遠くなるような時間の間だったが、こちらで出会った皆の力になるのも悪くはないだろう。 そう思いつつ光太郎はフェイトと二人面食らった顔をして、視線ははやての顔に釘付けになっていた。 二十にもならないはやての口から死後のことなどという言葉が出るとは思っても見なかったのだ。 健康になったとはいえ、以前は病弱で闇の書事件では命を失いかけたはやては、そんな二人の反応に務めて明るい表情を作った。 「ご、ごめんな空気悪して。あー早よなのはちゃん来ぇへんかな~」 そう言って、若干変わってしまった場の空気を吹き飛ばすように、はやては軽やかにテーブルの上に身を乗り出した。 「せやから光太郎さんっ」 身を乗り出したはやては光太郎の両手を無理やり取って上目遣いに光太郎を見た。 「シグナムのことは今後もよろしゅうお願いします」 「あ、ああ…! 勿論さ」 「ありがとうございますー」 無邪気な笑顔を見せて礼を言うはやて。 その顔に一瞬邪悪な影が差したように見えたフェイトだったが、我が目を疑った彼女が瞬きをする間にそれはどこかに消えてしまっていた。今は凄くイイ、まるで無垢な幼女のような笑顔だ。 「フェイトちゃんどうしたん? そんな狸に騙された狐みたいな顔して」 「え? う、ううん…気のせいかな…?」 首を傾げるフェイトにフフフと笑いかけつつはやては言う。 「というわけで光太郎さん。あの子ら休みの日は空けといてな。まだ訓練の相手したる位でええから」 さらりと言うはやてにやはり一瞬だけ名状しがたい何かを感じ取ったフェイトは、光太郎の方を見やった。 来年発足する新しい部隊。そこでシグナムとフェイトは同じ部隊の隊長と副隊長に就任する予定だ。 休暇はほぼ絶対に重ならないだろう。 だからこそ心配になってきたフェイトは、目ではっきりと答えるのを避けて欲しいと光太郎に伝えようとした。 お義母さんが持っていた少女漫画では伝わる事もあったはず…!とばかりに力を込めて。 「ああ、俺は構わないよ」 「えーッ!?」 だがフェイトに向けるのと大差ない優しい笑顔で答える光太郎にフェイトは思わず立ち上がっていた。 光太郎はそれに驚き、ビクッと震えた後不思議そうな顔でフェイトを見た。 全くわかっていない光太郎を責めるような目でフェイトは見つめていた。 「じゃあ俺はそろそろ行くよ。そろそろ急がないと遅刻だからな」 「え、仕事やったんですか!? 時間いけます?」 「途中少しだけ変身させてもらえば大丈夫さ。この近くの工事現場だから」 「…えっともしかしてこの先の、管理局の施設ですか?」 「ああ」と、光太郎は頷いて目配せしてまだ責めるような目をしたフェイトを示した。 「(デートとかで)必要になるかもしれないからな。その手伝いを紹介してもらったんだ」 「そうですかー…」 席を立つ光太郎を見送りながら、はやてはぽつりと呟く。 「仮面ライダーが作ったオフィス……ええやん!」 グッと拳を握り締めて、はやては新しい職場への期待を膨らませた。 セキュリティ上問題があるだろうとか、実際は少し手伝う位なのだろうが細かいことはこの際どうでも良かった。 「光太郎さん頑張ってなー!!」 はやての呟きを耳にしながら光太郎はベスパで走り出した。 フェイトを下ろした場所の付近でこの時間、人目につかずに変身できるような場所は限られている。 その内の一つである猫一匹が時々いるだけの馴染みの路地裏へ向かいながら、光太郎はフェイトに対する態度をどうするか考えていた。 光太郎がまだゴルゴムに捕まる前に同じような事がなかったわけではない。 学生時代に同じように告白されて付き合い、その内に相手のことを好きになっていった。 むしろ光太郎の方から好きになり申し込んだ事などなかったりする。 その時は、今回のクロノのように信彦に背中を押されたものだった。 ぼんやりと思い出を振り返りながら路地に入り込んだ光太郎は、素早く変身しベスパを片手に飛び跳ねていく。 ベスパの隠し場所となっているビルの屋上へ一度立ち寄り、光太郎は現場に向かっていった。 これからフェイトやフェイトの友人知人達、それにウーノ達との関係をどういったものにしていくか… 承諾するまでは余り乗り気ではなかったし考えもしなかった事だが、光太郎の頭には今後どうしていくか考えが浮かんでは消えていった。 フェイトと恋人になることには未だ消極的だったが、異世界に来て出来た新しい友人や家族との関係がより一層賑やかになっていくであろうと、光太郎は楽観し、聊か浮かれていた。 自分の超感覚が明確な形を持たずに、微かな嫌な予感として心を波立たせていることにも気付こうとしなかった。 建築途中で、周囲に迷惑をかけないために魔法によって隠された建物は遠目にも目に付く。 仮面ライダーへと変身した光太郎の目を持ってすれば、尚更簡単に見つけることが出来た。 こちらに来て何度か目にした事のある工事現場の姿を視界に入れた光太郎は、日常の中で同居人の様子に気付かなかった彼は適度な距離を取って足を止めた。 ライダーの脚力を活用してショートカットを行ったお陰で、時間には間に合ったようだ。 安堵しながら変身を解こうとした光太郎は、だがしかし…RXの姿のまま工事現場へと向かい、歩き出した。 作業を手伝う約束だったが、現場からは何の物音もしていなかった。 不審に思いながら光太郎は翌年機動六課の隊舎として使用する予定の建物とへと足を踏み入れていった。 扉を開き、中へ入った光太郎を出迎えたのは、もう既に作業が終わっているようにしか見えない、掃除も終わってしまっている床や明かりのついた照明だった。 だが人気は無い…光太郎は神経を研ぎ澄ませて隊舎の中を走り出した。 駆け出して進み行くにつれ徐々に、意識と共に戦闘向けに変わっていく感覚が、隊舎の中に人の気配を捉える。 それが誰かさえ感じとった光太郎は、迷わず彼が待つ部屋へ向け走り出した。 「何故貴様がここにいる…!!」 食堂に当たる場所なのか、日当たりのいい開けた大きな部屋で男は光太郎を待ち構えていた。 探し始めて一年以上が経っても尻尾すら掴む事が出来なかったスカリエッティが、今以前会った時と変わらぬ姿で光太郎の前にいる。 「やぁ光太郎」 既に変身を完了しRXとなった光太郎はゆっくりとスカリエッティに近づいていく。 ブーツを履いているように見える足の裏で、目視では確認できないほど細かな鉤爪を完成して間もない床に足跡を刻んでいく。 微細な傷跡を床に残しながら自分のところへやってくるRXを、スカリエッティは笑顔で待ち続けていた。 「スカリエッティ!! 貴様を捕らえて管理局に突き出す」 「ん……? そんなことより、私と手を組まないか」 昆虫を模した仮面から吹き出る気迫の篭った声にも、スカリエッティは意外そうな顔を見せて聞き流し、自分の用件を伝えた。 ウーノが光太郎の意思を無視して自分の意思を押し通す際に見せる表情と同じ仕草で、光太郎にはスカリエッティが光太郎が問題にしていることなど欠片も気にしていないことがよくわかった。 「俺が貴様と手を組む事などない」 「よく考えてくれ光太郎。私達は相性抜群じゃあないか、私以上に万全なサポート態勢を築く事ができる人間はいない…!!」 取り合う気の無い光太郎は返事を返さなかった。 それを見て取ったスカリエッティはため息をつき、ものわかりの悪い光太郎に言う。 「仕方ない。出直すことにしよう…今度会う時は色よい返事を期待しようじゃないか」 「次などない…貴様はこの場で捕らえる!」 光太郎がそう叫び、床を砕きながら飛び掛った時、二人の距離は既に二歩、あるいは三歩程まで縮んでいた。 RXの脚力を持ってすれば、その距離をゼロにするのは一瞬の事だ。 だがその一瞬に、壁を破壊して食堂へと乱入した二台の車の片方が、RXに衝突した。 その車の形に一瞬気を取られたRXは、なす術もなく弾き飛ばされ、入ってきた扉を破壊して廊下の壁へと叩きつけられる。 追突された足が痺れ、上手く動かす事が出来ずにRXは膝を突いた…衝撃が建物全体を揺らし、壁に亀裂が走る。 粉塵となって舞い上がる磨り潰された建材が艶っぽい黒に輝く皮膚を汚す。 小さな破片が天井から落ちてくるが、光太郎の意識は一点に集中されていた。 赤い、RXの仮面同様の昆虫の頭をモチーフにした車をRXが見間違えるはずは無かった。 「ライ…!?」 起き上がり、車の名を呟く暇さえ与えずに、ライドロンそっくりの形をした車が再びRXに襲い掛かる。 瞬時にロボライダーへと変身し、光太郎はそれを受け止めた。 大きな音を立てて、赤い車はロボライダーのパワーを物ともせずに弾き飛ばし、壁を貫いてロボライダーを外へと弾き飛ばしていく。 弾き飛ばされたロボライダーは道路の上を転がり、追い討ちをかけに来た愛車に酷似した車を受け止めた。 止めきれずに、路面を削りながら後退して行くロボライダーの顔を、人工的な光りが照らす。 重心を低くし、両手を広げて車を受け止めたロボライダーの眼前にある車のセンサー部分が光り、そこからスカリエッティの得意げな声が流れる。 『中々パワフルだろう。君が引いた設計図を参考に作らせて貰ったライドロンさ』 「どうし…!! ウーノかッ!!」 『察しが良くて助かるよ。君がチラシの裏に書いたライドロンの設計図の一部を元にして、私が作った』 得意げな声にロボライダー驚きを隠せなかった。 確かに以前設計図の一部をチラシの裏に書きはしたが、それは全体のほんの一部に過ぎなかった。 『クク。出来はいかがかな? 恐らく君の地球と怪魔界を行き来する為の回路だと思うんだが、それ以外は私が想像で補ったんだが…』 挑発的な物言いへの返答は、微かな破壊音だった。 ライドロンもどきの車体へと食い込んでいく指が、スリップするタイヤが起こす騒音に混じって音をたて始めた。 後退する勢いも徐々に衰えていく…時速1500kで疾走する車を、ロボライダーは全力で押さえ込もうとしていた。 『…代わりにカートリッジシステムを取り付けてね』 ロボライダーの怪力に驚く風もなく、平静な声でスカリエッティが言うとライドロンもどきは内側から金色に光り輝き、更に加速した。 再びロボライダーを弾き飛ばしたライドロンもどきは、そのまま易々とロボライダーに追いつき、車体前部に備わったアゴ『グランチャー』でロボライダーの胴を挟み込む。 スピードは更に上がり、衝撃波で街を破壊しながらライドロンもどきは突き進んでいく。 『普通のカートリッジではパワーが足りなくてね。ジュエルシードというエネルギー結晶体を組み込んだんだ。使うと車体が耐え切れなくなって自爆するまで加速し続けてしまうのが欠点だが… あ、ゲル化して逃げても構わないが、その爆発は前のレリックの暴走なんて程度じゃあないと言っておこう』 「貴様ッそんなものを街の中で爆発させるつもりか!?」 『ハハハ、爆発する前に君がなんとかしてくれると信じなければできない話さ。じゃあ光太郎、次に会う時こそ色よい返事を期待しているよ』 最後に笑い声を響かせてスカリエッティからの通信は途絶えた。 その間にも更に加速して行きながら輝きを増すライドロンを破壊するため、ロボライダーはボルテックシューターを取り出す。 スカリエッティの通信に変わって、遠くから聞き慣れたフェイトの飛行音が聞こえていた。 * ロボライダーの下にフェイトが到着する頃、スカリエッティは乱入した二台のもう一方、本物のライドロンが彼を迎えに着ていた。 「ドクター、お待たせしました」 「やあ、アクロバッターが見当たらないようだがどこにやったのかね?」 「申し訳ありません、ハラオウン家で整備を受けているようです…」 整備と言っても磨くだけですけど。 ドアが開き、助手席に座ったスカリエッティはそれを聞いて肩を竦めた。 「一台ずつかい?」 疑っているような口調で尋ねながら、スカリエッティはライドロンの表面を撫でる。 「やると言い出したのはまだ小学生にもなっていない子供です。二台共なんて出来ませんわ」 「そうか。てっきり大陸横断レースに参加するにはこれだけで十分だから……バイクだけでも彼に残してあげようとしたのかと思ったよ」 申し訳なさそうにするウーノに返事を返しながら、スカリエッティはライドロンもどきからリアルタイムで収集しているデータに目を通していく。 目を通し終えたスカリエッティは、満足げに目を細めた。 「どうして私がそんなことをしなければならないのでしょうか?」 「残念だなぁ。娘を取られる父親の気分を味合わせようという趣向じゃあないのかい?」 ウーノは一瞬険のある表情を見せたが、何も答えなかった。 聞こえていない、という風を装うウーノに厚顔なスカリエッティは気にした様子は無い。 「…よし。実験は成功だ。これでセッテの再改造は確実に成功するだろう。その後はついに聖王復活だ」 「セッテには気をつけてください。あの子が素直にドクターの下に戻る気になるなんて…おかしなことです」 「君もそうだからかな」 「……いい加減にしてくださいます?」 光太郎と共に暮す以前は、ウーノは自身をアジトのCPUと直結してその機能を管制していた。 その能力を転用し制御されたライドロンが、ウーノの心情を表して乱暴に走り出す。 だがライドロンは、シートベルトもせずに寛ごうとするスカリエッティに全く気付かせずに、最高時速1500キロまで到達してしまい… それ以上何も言わなかったスカリエッティは、乱暴な運転に全く気付かずに助手席のシートに身を沈めてご満悦なままだった。 「あ、頼んでおいたポテトチップスはどこかな?」 「臭いがつくから持ち込んでません。食べ零しの掃除も大変ですから」 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3409.html
雲を突き抜けて聳え立つ管理局地上本部。 魔法の力によるものかその背後に小さく見える本部より低い標高の山々に雪化粧が施されていたが、地上本部の上へは雪がかかることはない。 その屋上に、夜になってから三人の男が集まっていた。新月の日を選んでいたが、星明りが男達の顔が浮かび上がらせる。 飛蝗の顔をし持つRX。白いスーツを着たヴェロッサ・アコースは風に靡く髪を手で押えていた。 レジアス・ゲイズは陸の制服を着込んで一人だけ寒そうにしている。 雲の上にあるそこは何の装備もなしに外で待つには寒々しい場所だった。 だが地上本部以上に高いビルは存在しないので、雲の上になるため盗み見る者の姿を発見しやすいという利点があった。 額の第三の目とも言うべきレーダーと二つの複眼を使って周囲を探るRXに二人の視線は向けられていた。 「ゲル怪人のことは聞いておるが、新しい情報はない」 「本当ですか?」 「既にスカリエッティに関する情報は全て提供してある。あんなことはもう起きないだろうとぬけぬけと言いおったがな」 疑うような目をして尋ねるヴェロッサに、レジアスが白い息を吐きながら言う。 だがそれもスカリエッティ自身の言葉を信じるならばという条件付きで、信じるつもりはこの場に集まった3名にはなかった。 加えてレジアスの言う情報も、レジアス自身の保身の為に都合のよい情報しか明かされていないのだということは明白だった。 冷えていく体を自前の筋肉が生み出す熱で暖めている中年を見ないようにしながら、疲れが溜まっているのか、ヴェロッサは張りが無い声で更に尋ねた。 「僕の方もまだ成果はありません。レジアス中将、彼の資金を断つ事は出来ないんですか?」 「無理を言うな! 私とお前達との繋がりが疑われたらどうする。貴様らこそいつまで時間と金を浪費するつもりだ!?」 「気長に待っていただくしかありませんね。スカリエッティの居所を掴めるような情報はありませんから…」 ヴェロッサとレジアスは互いに神経を逆なでするような声を出す。 索敵を終了したRXも含めて、3名ともに焦りがあった。 殆ど地上にはいないクロノの紹介で知り合ったヴェロッサは、先日のゲル化した戦闘機人の件で犯罪に手を染めていたレジアスに対し否定的な感情を持っていた。 RXの紹介でヴェロッサと密談を交わすこととなったレジアスは、成果を出す事が出来ない上にレアスキル持ちのヴェロッサに端から否定的だった。 レジアスがRXに対して好意的になったのも、犯罪者を何十人か届けた末のことだったようにもっと回数を重ねれば信頼も生まれるのかもしれないが、二人は共に忙しく仕事の面でも全く接点がない。 二人の間には深い溝があった。 「それよりも」 RXは彼にしては神経質に周囲をもう一度見回った。 「俺の感覚では大丈夫なようだが、ここは安全なのか?」 「…無論だ」 「事前に調べておいたけど、盗聴等の危険はなかったよ」 だけど、とヴェロッサはレジアスを見咎める。 「レジアス中将。貴方の所にいる内通者を即刻排除してもらいたいですね」 「内通者はわかっていれば使い道もある…私の動きには気付いないか危険視していないはずだ」 不機嫌そうに眉を寄せるレジアスの手をヴェロッサは指した。 そこには真新しい指輪が光っている。レジアスの顔に赤みが差した。 「正直に言って、スパイと再婚した貴方の事を信用していいのか僕は迷っています」 「アレか」 「彼女の本名はドゥーエ。スカリエッティの作り出した戦闘機人です」 レジアスの目がヴェロッサから外れ、微かに緩む。 ヴェロッサの不安を煽る反応をレジアスはすぐに仕舞い込んだ。 ニュースで見ることの出来る表向きの顔。強く、重みを感じさせる硬い表情を作り出していた。 「フン、泳がせておるだけだ。貴様のことは知らん」 「失礼ですが魔法を使われたのでは?」 レジアスは魔法が使えない。 その上地上本部の対策についてヴェロッサは信用していなかった。 通常であれば問題がないが、スカリエッティを相手にするには不安過ぎる。そういう評価をしていた。 「問題ない。地上本部の対策は万全だ」 「僕等は命がけなんですよ。他にも何名も…」 「貴様こそもう少し声をかける人間を選ぶのだな。不穏な動きがあると最高評議会が感づきつつある」 「それについてはご心配なく。順調そのものです」 声を荒げつつある二人を一歩離れた位置で見ていたRXが言う。 「…何が必要だ?」 「せめて奴がいる世界を特定出来る情報が欲しい。以前使っていた形跡のある場所位しか見つかっていなくてね」 偽ライドロン、通信の発信源、ゲル化した戦闘機人の処理報酬として支払われたデバイス。 どれもバラバラの位置から送られていてスカリエッティの現在位置を特定する助けにはなっていない。 管理世界だけでも100を超えている上に他にも仕事を抱えるヴェロッサが、管理局にはばれずにその中から一人の科学者を発見するのは容易なことではなかった。 だが既にRXも彼自身が知る情報はほぼ伝えて終わっていた。 「…他の情報は、奴が服を注文した店位しか知らないな」 「教えてもらっていいのかい?」 「構わないさ。メモは…」 ヴェロッサが問題ないと身振りで示したのに、僅かに間を置いてRXは幾つかの管理世界の名前とそこにある店を挙げていく。 「他には何か? この際だ。些細な事でも知っていることがあれば教えてもらいたいね」 RXは記憶を探り、できるだけ詳しい情報を思い出そうとしていた。 もう数年前になるが、スカリエッティが使っていたブランドなども今では分かる。 2人、あるいは3人で暮らしていた時のことが浮かび、熱いコーヒーの香りや洗剤の柑橘系の匂いを思い出す。 その中で彼女が言った言葉でひっかかりを覚えるものもRXは挙げていった。 「ありがとう。何かわかったら連絡するよ」 全て聞き終えたヴェロッサはRXに礼を言う。 三人はそれから暫く寒空の下屋上から見下ろせるミッドチルダの治安について暫く意見を交わしていた。 と言ってもヴェロッサは特定の世界を守る為に動く役職に就いた経験さえないので耳を傾けるに留まっている。 何らかの調査ならまだしも、市民を襲う犯罪にどう対処するかなどの問題についてはRXと大差ない素人考えしか浮かばないのだった。 その話が現場で働いている者達のことへと変り、RXがレジアスの他に犯人を引き渡していたゲンヤ・ナカジマに及んだ時に…レジアスの表情が曇った。 RXにはまだ告げていない事を告げるべきか否か。 ゲンヤ・ナカジマの妻等優秀な者達を率いていたかつての友、ゼスト・グランガイツがどうなってしまったか… 暫し考えた後、レジアスはやはり話さないことを選択した。 もう彼らは何年も前に死んでしまい、今更レジアスにはどうすることもできない。 彼らの遺体や、ゼストの部下だったメガーヌ・アルビーノのまだ幼い娘がレジアスには通達の無いまま管理局によって引き渡され、その後どうなったのかなど考えるまでも無いことだった。 もっと早く気付き配置換えを行っておけば殉死することはなかったし、子供も引き渡さずに済んだという負い目が残っていたが、そんなことは今スカリエッティを捕らえることにすら全く関係が無い。 RXの管理局に対する嫌悪感を強くするだけでしかないとレジアスは頭を振って、感傷を頭の中から追い出そうとした。 その為に強引に自分の管轄で情報漏洩が疑われた不快感を蒸し返し、いけ好かない本局から来たヴェロッサへ怒りを燃やす。それが最も手っ取り早かった。 ぼんやりしていたかと思えば、頭を振り、不快そうに眉間に皺を寄せるレジアスをRXとヴェロッサは不思議に思ったが、二人はマスクド・ライダーに対抗する手だてを練り行動する犯罪者への対策に熱を上げていた。 「ところで六課はホテル・アグスタの警備に回されるそうだな」 「ああ」 突然話を変えたレジアスの態度は不可解だったが、RXは簡潔に答えた。 男の表情から、RXは何があったのかはわからないが、レジアスが深く傷ついた出来事をまだ忘れられずにいることだけは察していた。 ・・ 「あの犯罪者がどうなろうと知ったことではないが、偶然、その前後数日の間にロストロギアがミッドチルダに持ち込まれるという情報がウチに舞い込んでおる」 それを聞いて、表情を変えられないため余人には読み取る事は出来ないにしろ、RXが身に纏っている雰囲気が剣呑なものに変る。 空港でのことや、先日のライドロンのことが頭に浮かぶ。 だがそれよりもRXは、レジアス自身は六課のことを嫌っているのは知っていても、レジアスの棘のある言葉にも反発を覚えた。 ヴェロッサもそれは同じだった。 「ちょっと待ってください。はやて達のどこが犯罪者だと言うんですか!?」 「何を言っておる!! 貴様闇の書事件を知らんとでも言うのか!?」 「貴方が言う事か!!」 はやて達への侮辱に険しい目をするヴェロッサの方へRXが顔を向ける。 「落ち着くんだ。レジアスもはやてちゃん達を侮辱するようなことは言わないでくれ」 咎められたヴェロッサは、レジアスに詰め寄ろうとするのを止めた。 ミッドチルダに集まる情報に全て目を通しているわけではないヴェロッサは、出所を調べてみようとだけ述べた。 「僕はこれで失礼する。こちらも真偽が分かり次第連絡させてもらうよ」 気分を害したヴェロッサがこの場を後にしようとするのを止める手はRXにはなかった。 恐らくはこのまま海へと戻り、仲間達と打ち合わせて別の管理世界に向かうのだろう。 RXは去っていくヴェロッサを見送った。去って言った後、RXは念を押して強い、怒りを含んだ声を出す。 「レジアス。あんな事を言うのは止めてくれ」 「…わかっておる」 ふてくされた子供のような不満げな顔で答えるレジアスにRXは苛立ったが、レジアスの態度にまで口を挟まなかった。 管理局の陸と海の確執もあり、今これ以上の事を求めてもこじれてしまうだろう。 水際で情報を入手する事が出来たのか、戦力を分散させる事を目的とした何者かが手を打ったのか。 「さっきの件だが、こちらでも目下調査中だ。何か分かり次第連絡がつくようにはしておくが…当日までに真偽が判明するかは望み薄だ」 やけに自信たっぷりなRXにしかめっ面のレジアスが言う。 それから二人は、近頃のミッドチルダの状況について暫く話しを続けた。 ミッドチルダの治安は良くなり、陸士を希望する者や協力的な者も年々増加していたが、スカリエッティ以外の犯罪者のことでも二人の間には話す事柄は多数存在していた。 途中で事件が発生する事もなく、どんな犯罪が増加しているのかや灯りに群がる蛾のように集まってくる強力な力を持つ犯罪者について、二人は意見を交わした。 不機嫌そうなレジアスの表情も話す間に険が取れていく。 「おっと、もうこんな時間か。悪いがワシもそろそろ失礼する」 寒空の中話しこみ過ぎたせいだろう、レジアスが体を震わせて時計を見た。 「妻を待たせているのだ」 それを合図に話を打ち切ろうとするレジアスへRXは遠慮がちに尋ねる。 「…レジアス。確かめておきたいんだが、本当に大丈夫なのか?」 「ドゥーエのことなら問題ない…今はまだ奴等はワシを殺したりはせん。ワシを殺す方がデメリットが大きいからな」 ヴェロッサと同じ懸念を示すRXに不愉快そうにレジアスは言った。 「何より奴等はお前を意識しておる。ワシはそれを逆手に都合のいい話を吹き込んである。ワシを排除した場合お前が奴等を探しに行くのではないかとな」 「そうか…」 冗談交じりの言葉に歯切れの悪い返事を返されたレジアスは訝しむような目でRXを見る。 RXはもう一つレジアスに尋ねたい事があったが、口に出せずにいる。 それについては、情に流されない合理的な考えだと言う事も出来る。 だが本当は、それは臆病さを隠しているだけだとRXは気付いていた。 「BLACK。管理世界ではどんな相手でも対象から外れることはない。例え相手がワシを裏切るのかもしれなくても…うっかりワシを握りつぶしてしまうかもしれない相手でもだ」 「!? いきなりなんだ?」 「…だが、その相手によってはお前のことをお義兄さんと呼ばなくてはならないかと考えると、年甲斐のない気持ちにさせられる」 「馬鹿なことを言うなっ」 反射的に返すRXの態度は犯罪者を連行してきたり、スカリエッティのことを考えている時とは違い、若いを通り越して幼さが感じられた。 「ここはミッドチルダだ。予断は許さん状況だが、以前に比べればこの地上本部の人間もBLACKがいるせいで緊張感がなくなっておる有様だ。もう少し……その、気楽に考えてはどうだ?」 そういったレジアスの声は彼の顔に似合わず優しげな響きをしていた。本人もらしくないと感じたのか、言うなりレジアスはそっぽを向く。 「どうしてそんなことを? ロストロギアの事を聞かされたらそうも言ってられないじゃないか」 「ロストロギアによって危機に瀕している世界は他にもある。管理局では割と日常的な話だ。お前の仕事が来るまでに疲れてもらうわけにはいかん」 「わかった。だがウーノ達は俺達の敵だろう」 「勿論だ。奴等ではなく…」 レジアスはその返答を妙に思ったが、口をつむぐ事にした。 よく考えて見れば、六課にスカリエッティが生み出した技術によって生み出された隊員が複数いることなど話すわけも無い。 そのまま二人は逃げるようにその場を去っていった。 レジアスは残作業を予定していた時間まで進めて家に戻り、ヴェロッサから改めてスパイだと念を押された新妻と遅い夕飯を取った。 分かっていたことだったがいざ他人から指摘を受けたせいで、下手をすれば娘より年下だったのかもしれないとサーモンソテーを食べながら冷や汗をかく羽目になった。 RXの方はゲル化して、地上本部の構造材の中を滑り落ちていった。 ゲル化したRXの速さを持ってすれば今住んでいる六課宿舎の部屋までは、一瞬で移動が可能だった。 数秒とかからずに部屋に戻るとすぐにゲル化をやめ、RXへと姿を変える。 移動中に感じ取っていた気配の方へと彼は変身を解かずに顔を向けた。 どういうわけかキッチンで調理中のフェイトに向けて話しかける。 「ただいま。今日は何をしてるんだ?」 「…あ、光太郎さん。お帰りなさい。お仕事お疲れ様でした」 何か考えごとをしていたらしく、一瞬遅れてフェイトは笑顔を見せた。 暖めていた鍋の中身を小皿に移して渡そうとする彼女の考え事が何か気になりはしたが、RXはそれを尋ねはしなかった。 引越しを手伝ってもらった時に鍵を渡してそのままになっていたのだが、近頃彼女は誰かにそそのかされたのかよく出入りするようになっていた。 始めは仕事のことを話すだけだった。だが今は不意に他愛ない相談を持ちかけられたり、戻ると部屋が片付けられていたりする。 「偶にはご馳走しようかなって思って…お食事まだですよね?」 料理を作っていたことはわかっていたが、RXは戸惑いながら皿を受け取った。 鳥肉をトマトスープで煮ているらしい。味見用に渡された小皿の赤いスープからはおいしそうな香りが漂っていた。 「い、いや、俺は太陽の光を浴びるだけでいいんだ。変身を解くわけにはいかないだろ?」 「そんなことありません。ここは光太郎さんの部屋ですし、誰か来たらすぐに変身すればいいじゃないですか」 さあ、と勧められたRXは変身を解くかどうか迷い体を硬直させたが、感想を聞きたそうにするフェイトにジッと見つめられるとRXは観念して変身を解いた。 人の姿に戻った光太郎は促されるままに席に座り、スープに口をつける。 久しぶりに取る食事を、光太郎はお世辞抜きにおいしく感じた。 風呂に入ったりするのと同じように、食事を取る必要はないのかもしれない。 ただ人間のふりをするのは単純に愉しいのだ。 「美味い…」 「よかった…!! 光太郎さんの好みに合うか心配だったんです」 嬉しそうな顔を見せて、フェイトはテキパキと自分の部屋から持ってきた皿を用意していく。 ウーノと暮らすようになってからの習慣で、光太郎もフェイトに尋ねて用意を手伝おうと後に続いた。 料理を盛った皿を渡された光太郎は、殺風景だった部屋にいつの間にか置かれているテーブルへ並べていく。 「…これも君が持ち込んだのかい?」 その途中で、他にも部屋の物が増えているのに気付いた光太郎はフェイトに尋ねた。 「え? は、はい。部屋が寂しかったから…なのはに相談して。ご、ご迷惑だったら持って帰ります」 「いやっ、実は昔同じようなのを枯らしたことがあってね」 声を窄ませるフェイトに光太郎はばつが悪そうに、だが懐かしそうに言う。 昼夜を問わず出動していくから手間のかからないものを選んだのか、サボテンの入った小さな鉢植えが窓際に置かれていた。 「だったら、私が時々見に来ますから大丈夫ですよ」 「それは助かるけど、フェイトちゃんも忙しいだろう」 「サボテンの世話位大した手間じゃありませんから」 サボテンの世話位で遠慮する光太郎が可笑しくてフェイトが少し笑った。 それを契機に食べだした光太郎へフェイトはお茶を飲みつつ幾つか話を振った。 自分の仕事の近況や、なのはが毎晩遅くまで新人達の訓練のことを考えていて、無理をしないか少し心配だということ。 光太郎は料理の出来を気にしながら話し続けるフェイトの言葉に耳を貸し、時折相槌を打っていた。 話は近日ホテル・アグスタで開かれるオークションのことに及び、フェイトは空中に開いたウィンドウに当日着ていくドレスを表示させる。 「母さんがあれもいい、これもいいって、何着も勧めてきて選ぶのが大変だったんですよ」 「ははっそりゃあ、大変だったね」 会った回数は余り多くないが、リンディがフェイトに色々なドレスを進めている様子は簡単に想像がついた。 その時のことを思い出して、困ったように眉を寄せるフェイトを見ながら光太郎は笑う。 「そうだ。その事で話がある」 箸を止める光太郎に談笑して緩んでいたフェイトの表情が引き締められる。 その場で座りなおして、話を聞く体勢を作る彼女の真面目さを好ましく思いながら光太郎は言おうとして、周囲に目をやる。 魔法による盗聴も今の光太郎は感じ取ることが出来るようになっていたが、RXの姿を取っている時よりも精度は下がってしまう。 勿論部屋に戻る度に確認していたが、これまでのスカリエッティの行動から警戒してしまうようになっていた。 「そんなに気にしなくても、ここは安全です。私達を信じてください」 「すまない。今日レジアスから話を聞いたんだが、警備する日の前後にミッドチルダにロストロギアが持ち込まれるって情報が入ったらしい」 「レジアスって、レジアス・ゲイズ中将ですか!?」 「前に話さなかったかい?」 「だって、光太郎さんを追跡するって公言してた人じゃないですか…」 口にこそしなかったが、フェイトの表情には不信感がありありと浮かんでいた。 海や聖王教会などとは組織運営に対する姿勢に根本的な違いを持ち、レアスキルを嫌うレジアスは黒い噂も絶えない。 それにスカリエッティを追い続けているフェイトには、スカリエッティを援助してもいる男は信用するに値しないのだろう。 レジアスには何度も犯罪者を引き渡し、軽く話をするようになっていなければ光太郎もレジアスを信用することは出来なかっただろう。 光太郎はフェイトを説得する言葉を持っていなかった。 「あれは、俺が管理局に所属してなかったからさ。彼らに犯人を引き渡していたのも知ってるだろう? 俺は彼を信用している」 「私達は信用できないと言っても、ですか?」 「ああ」 フェイトは納得がいっていない様子だったが、光太郎は構わず話を続けた。 両方とも悪い人間ではないが、レジアスの方でもはやての事を犯罪者呼ばわりしていることを考えれば、今話を続けてもこじれるだけだ。 「当日。俺はアグスタに行きたいんだが、フェイトちゃんはどう思う?」 当日開かれるのは骨董美術品オークションには取引許可の出ているロストロギアが幾つも出品されている。 密輸取引の隠れ蓑になっているという話もあり、こんな話が今耳に入ってきたのはホテルの方に何かあるのではないかと光太郎は考えていた。 フェイトの方も、話を続けても拗れてしまうだけだと思ったのか、光太郎を追及せずに手を口元に当て考え込む。 光太郎は残っている料理を食べながら彼女の答えを待った。 「…いいんじゃないでしょうか? このタイミングで、というのが私も気になります。ホテルの方から光太郎さんを引き離す為かもしれません… それに、光太郎さんのスピードなら大抵の場合どちらでも間に合うと思います。本局の方から誰か派遣してもらえないか、明日なのは達と相談してみましょう」 「そうだな…そう言えば、ヴィヴィオは元気にしてる?」 「はい! また光太郎さんに会いたがってますよ」 彼女の意見に頷いて、光太郎は再び彼女との時間を楽しもうと、フェイトの家族のことへ話を戻す。 それから暫く、フェイトはヴィヴィオの学習能力が高いことが分かってからというもの、リンディ達がいかに大喜びで英才教育を施しているかを話して聞かせた。 光太郎も喜んで話しを聞いていたが、時間が過ぎていくに連れて時計を気にし始める。 普段は余り遅くない内に切り上げるようにしているのだが…時間を気にする光太郎に気付き、フェイトもバルディッシュに時刻を尋ねた。 若干機械的な音声で返事が返されると、彼女は不意に俯いた。 「それと…あの、」 「なんだい?」 「実は……ライドロンのことで新しいことがわかったんです」 「え?」 「スカリエッティがどういった手口でライドロンを持ち去ったのか、母から連絡がありました」 「本当かいっ!?」 「は、はい。それが、どうやらスカリエッティと以前教えていただいた戦闘機人が翠屋に客として何度か出入りしていたことがわかりました」 「翠屋?」 驚く光太郎に説明を聞いた際の自分の姿でも見たのか乾いた笑みを少し見せ、フェイトは続ける。 「えっと、なのはのご両親が経営されてる店です」 「確かな話なのか? なんでそんなことを…」 「軽く変装していたようですけど、背格好や言動から見て間違いありません。理由は恐らくライドロンを手に入れる為…当日、その二人がトランクを店に置き忘れて後で取りに来るという連絡があったそうです」 その中身に思い至り、拳を握り締める光太郎の手を取り、フェイトは頷いた。 言葉にはしなかったが、照明に照らされた二人の表情には良く似た色が現れていた。 「取りに来たのはライドロンに乗ったスカリエッティだったそうです」 * 数日後、機動六課が警備を命じられたホテル・アグスタはミッドチルダ近郊の森の中に建設されていた。 ホテルを中心に、はやての守護騎士と新人4名、RXが外を、はやて達隊長3名が会場の中で警備に当たる。 詳しい情報を本部から受け取った後、人質と同化して助け出したことがあるのを知っていたはやての判断で、六課は現場の人員を本部に残さなかった。 一帯にある森は、人の手で育てられたもので、不自然に感じないよう程よくランダムに配置された若いまっすぐに伸びた木々が枝葉を茂らせていた。 舗装された道はないが、人が通りやすいように用意された道や広場が点在していて、事件が起こった際には六課に配備されたヘリが離着陸出来そうな広さを持つものもあった。 ホテルの屋上に到着すると、はやて達隊長3人は会場内の警備を行う準備をする為に一旦別れる。 その間に、他の面々は移動中に説明のあった位置の警備につく為、分かれていった。 RXは、はやての守護騎士の一人シャマルと共に屋上に残っていた。 「シャーリー。こちらは準備完了したわ」 『こちらも完了しました。反応があり次第ご連絡します』 魔法によってホテルを中心にした警戒網を張り巡らせ、後方支援部隊と通信を切ったシャマルは自分に向けられる視線に気付いてRXへ顔を向けた。 六課の皆が配置についていく様子や、シャマルの魔法を物珍しげに見ていたRXは、シャマルに訝しげな視線を向けられてようやく自分の仕事を始める。 RXの体には様々な能力がある。 複眼には、ただ超人的な視力だけでなく、透視の機能も付与されていた。 元々の視力が常人とは比べ物にならないため、これを使いRXはシャマル達のセンサーよりも遠方をよりクリアな状態で把握する事が可能になるのだ。 だがその時、普段より口数が少なくなっていたRXの前にモニターが開いた。 場内の警備に着く準備をすっかり整えたはやて達が、RXや移動中の隊員の前に顔を見せる。 緊急の際も一瞬で着替えることができるバリアジャケットの便利さのお陰で、会場内に入るはやて達は普段見慣れないドレスに着替え、いつもより厚く化粧を施していた。 どや?と軽い調子で着飾った自分達の感想を尋ねられたRXは、当たり障りのないほめ言葉を言う。 オークションに招待されている、考古学者でもあったユーノ・スクライアや、その護衛につくヴェロッサの所に顔を見せに行く為一旦モニターが切られると、RXは息をついた。 「災難でしたね」 「ああ。直ぐに周囲を見ておかないと…こんなことで接近に気付かなかったら後で怒られる」 「センサーにはまだ何もかかってませんから、そんなに気にする事はありませんよ」 シグナムや、エリオとキャロについていったザフィーラを少し恨めしく思いながら、RXは周囲に目を走らせて行く。 六課の現場にいる人間では数少ない男性なのに、ザフィーラは犬の姿を取っている時は、必要なこと以外喋らない。 お陰でエリオ達等は、ザフィーラは犬の姿を取っている時は喋れないと勘違いしていそうな程だ。 RXが透視の機能を使い、邪魔なものを透かして周囲を見渡すのに頼りにするのはやはりというか、動物的な勘だった。 だがそうやって視界を変えると、今までに無かったものが見えるようになっているのにRXは気付いた。 生物から揺らめく生体のオーラが、生命エネルギーの美しい炎が見える。 他の光に混ざって今までは見えづらくなっていたせいで気付かなかった。 だが、気付いてしまえば、RXが透視を止めても、隣に立つシャマルやシグナム、はやての守護騎士達とティアナ、フェイト達の炎が違うことにさえはっきりわかる。 「RXさん。何か見つかりましたか?」 「い、いや…もう少し待ってくれ」 シャマルの声で我に返ったRXは、再度透視して周囲を見つめる。 すると…今度こそ直ぐに森の中を接近してくる複数の機動兵器と怪しい二人組みを発見することが出来た。 ゆっくりと接近してくるスカリエッティのガジェット・ドローンは、まだまだ事前に教えられていた警戒範囲の外だ。 それに比べ、二人組みはもう既に索敵範囲内に入っている。 フードを被って顔を隠していたが、これも透視すれば問題はない。 一人は女の子。もう一人は大柄な男性…探索用の小型の虫が手に止まり、デバイスらしきグローブも見えた。 「RX。何か見つかりましたか?」 「ガジェットが陸戦1、35。陸戦2が4機…それに怪しい二人組みがいる」 「二人組み…スカリエッティの戦闘機人ですか?」 懸念を口にしたシャマルにRXは首を振った。 「そうじゃない。(俺にも細かい所はよくわからないが、)女の子は人間だ。男は、普通の人間じゃあない」 「? はやてちゃんに連絡しておきます。シャーリー!!」 空中にモニターが開く。 スカリエッティの使っているものとほぼ同じタイプの画面に、周辺の図と隅に小さく会場内にいるはやての顔も映されていた。 シャマルがはやてに怪しい二人組みの事を報告する間、RXは彼らの動きを見張り続ける。 説明を聞いたはやては、すぐに視線を森へと向けるRXへと口を開いた。 『RX、その二人に接触して危険やからアグスタの中に避難するように説得してくれる?』 「了解した。拒んだらどうすればいい?」 『そうやなぁ……気絶させて連れてきて。もし敵やったら、RXの判断に任せる。シャーリー、センサーに反応あったら直ぐに教えてな』 頷き、RXは瞬時にバイオライダーへと姿を変えた。 RXの足でもそう時間はかからないが、向かう途中で敵兵器が警戒網の中へ入り込むことは明白だった。 だがバイオライダーとなり、ゲル化して向かえば少しだが時間の余裕が得られる。 ゲル化したRXが、屋上から消えた。 木々をすり抜け瞬く間に二人の前に移動したバイオライダーはゲル化を止めて、目の前に突如現れたゲルから変身した怪人に驚く彼らへとゆっくり近づいていった。 説得するのにもしかしたら良い影響を与えると思ってか、二人に近づいていく間にまたRXへと姿が変る。 彼らまで後2歩という所まで近づいた所で、RXは足を止めた。 それを見計らったように、スカリエッティが軽薄な笑みを浮かべて彼らの前にモニターを開いた。 『ごきげんよう騎士ゼスト、ルーテシア。それにRX』 「スカリエッティ!!」 「ごきげんよう」 「何のようだ」 瞬時に殺気立つRXを気にも留めず、スカリエッティは二人に笑顔を向ける。 『あのホテルにレリックはなさそうなんだが、実験材料として興味深い骨董が一つあるんだ。一つ協力してはくれないだろうか? 君達なら実に造作も無い事のはずなんだが』 「ここは危険だ。悪いが俺と来てくれないか?」 「…断る。レリックが絡まぬ限り互いに不可侵を決めたはずだ」 騎士ゼストと呼ばれた男はスカリエッティに返事を返して、槍型のデバイスを起動させる。 それを見たRXもいつでも襲いかかれるように体勢を変えた。 今にも戦い始めようとする二人にわざとらしいため息をついて、スカリエッティは残る一人の少女にお願いする。 『ルーテシアはどうだい。頼まれてくれないかな』 ルーテシアは、幼い頃に光太郎と同じように管理局の手引きでスカリエッティに引き渡され、改造を施された。 目をつけられた理由は、人造魔導師素体としての適合度が高かったメガーヌ・アルピーノの娘だったから。 その母親は、スカリエッティの基地に侵入し、撃退されて以来ずっと…今もスカリエッティに囚われ、眠り続けており、『母が復活した時、自分の中に「心」が生まれる』とルーテシアは硬く信じていた。 そんなルーテシアに、スカリエッティは自分なら眠り続ける母親を目覚めさせる事が出来ると彼女に囁いて…利用していた。 「いいよ」 まだ幼いルーテシアは、特に不満も抱かずにスカリエッティの言葉を信じている。 「!? こんな奴の言う事を聞いちゃ駄目だ!!」 迷う様子も無く了承したルーテシアに詰め寄ろうとするRXを、ゼストの槍型のデバイスが間に入り込んで阻む。 「すまんが、今はまだ捕まるわけにはいかん」 ルーテシアの盾になるようにゼストはRXと対峙する。 ゼストは、かつて時空管理局・首都防衛隊に所属するストライカー級の魔導師だった。 レジアスとは互いに理想について語り合った親友の間柄であり、スバル、ギンガの母クイントと、ルーテシアの母メガーヌを含む精鋭達を率いていた。 8年前、戦闘機人事件を追っていた彼は、親友であるレジアスによって捜査から外されることとなった。 上から指示されていたのだろうが、レジアスが正式に辞令を下す前にゼストにそのことを告げていた事から、同時にゼストを危険から遠ざけるという意志もあったのだろうと思われる… だがレジアス自身に黒い噂が付きまとうようになっていた事もあり、(実際犯人とレジアスの間には癒着があるのだが)ゼストは逆に捜査を急ぎ、部隊を率いて機人プラントと目される『施設』の調査に向かった。 その結果、そこで戦闘機人と、後に『ガジェット』と呼ばれる機械兵器の大群による襲撃を受け、部隊は全滅した。 ゼスト自身もそこで死亡したのだが、人造魔導師素体としての適性が認められたことでスカリエッティの手によって、彼は人造魔導師として『復活』した。 部隊を全滅させ、死亡扱いとなったゼストの目的は、『今一度レジアスに本心を問いただし、もし誤った道に進んでいるなら、可能であればその道を正す』。 そして、捜査を強行したことは記憶にないのか『8年前自分と自分の部下達を殺させたのはレジアスなのか』確かめ、『ルーテシアの目的を果たす手伝いをする』ことを心に決めている。 どれもまだ果たせていない。 特に、ルーテシアの目的を果たすには、まだスカリエッティとは協力関係を続けなければならないのだ。 RXを相手取るのはリスクが高いが、スカリエッティの前であっさりと捕まるわけにはいかない。 『シャマル先生、センサーに感…ガジェット・ドローン陸戦1型3、4、5…陸戦2型も確認できました!!』 RXの耳に、シャーリーの通信が届く。 制限時間が迫っている事を知り、RXは少しずつ彼らとの距離と詰めていった。 『優しいなあ。ありがとう。今度是非、お茶とお菓子でも奢らせてくれ。君のデバイス『アスクレビオス』に私が欲しいもののデータを送ったよ』 「うん。じゃあごきげんようドクター」 『ごきげんよう。吉報を待ってるよ』 そして一人愉しそうに笑うスカリエッティは、そう言ってモニターを閉じた。 だが、それでスカリエッティがこの場の様子を探るのを止めるはずもない。 迎撃に向かう守護騎士達が光の帯を空へと描くのが、RXの複眼に映り、RXとゼストの間で緊張が高まっていく。 不測の事態を防ぐ為にRXの四肢に力が籠もり、ゼストは、ルーテシアがスカリエッティの欲しいものを手に入れる間RXを相手取り、その後この場から離脱しなければならないようだ。 「ルーテシア。ここは俺に任せて目的を果たせ」 ルーテシアはRXをちらりと見てから、グローブ型のデバイスを起動し、最も信頼する『ガリュー』や他の虫を召喚する。 黒い楕円形の繭のようなものが、グローブに埋め込まれたデバイスの上に出現するのを見て、RXが警告する。 「奴の悪事に加担するのは止めろ!!」 「マスクド・ライダー。ここは退いてくれ。俺達にも引き下がれない理由がある」 「それは出来んッ、何故奴に協力するんだ!?」 「言葉で語れるものではない…」 ゼストはあえて話し合わずに、相手の隙を窺った。 二人のやり取りを無視して、ルーテシアは繭を優しげな手つきで撫でながら、スカリエッティのお願いを説明する。 「ガリュー、インゼクト達にドクターの探し物を探させるから、その間相手をして」 繭が巨大化しながら、一瞬だけ強く光りを放つ。 そのまま繭は消えて中から現れたガリューは、RXに少し似ていた。 鋭い棘のある甲冑のような外皮を持ち、目は四つ。額にはRXの第三の目らしきものがあり、マフラーを身につけていた。 上腕から、鉤爪が伸びてRXに向けられる。 ガリューのことを余程信頼しているのか、ルーテシアはそのまま恐らく『インゼクト』を召喚する為の魔法を行使し始めた。 「くッ…止め『フルドライブ・スタート』 穂に埋め込まれた宝玉が感情の無い音声で告げた『フルドライブ・スタート』と共に、ゼストの魔力が爆発的に増大する。 それは金色のオーラとなって彼の肉体とデバイスを輝かせ、周囲を照らしだす。 光りが納まり始める前に、尚も説得を試みようとするRXへとゼストは最初から全力で槍を突き出した。 ほんの一歩分の距離をゼストが通り過ぎる余波が、台風のような風を作り出して木々から葉を吹き飛ばし、枝を折って舞い上がらせる。 激突する音に気付いた者達がもし目を向けていれば、雲が吹き飛ばされそこだけ一面青空となった空に土と共に舞っているのが見えただろう。 RXはその最中に、自分の拳が握り締められ、磨り潰すような音を聞いていた。 相当に負担がかかるのか、真っ赤な複眼には、一瞬だけ苦痛に耐えるゼストの表情が映って消える。 瞬く間に彼らの距離が縮まり先を取って襲い掛かる槍の穂先を握り締めたのとは逆の手が受け止めた。 勢いに背後へと押しやられながら、掌に食い込んでいく穂先を包む指が鮮やかなオレンジ色に染め上がる。強度を増した皮膚が突き抜けようとする刃を押し返していく。 受け止めた腕が槍を横へ逸らしながら引き、ゼストの体勢を強引に崩す…全力の一撃を受けるRXの体は、甲冑のような装甲へと変貌していた。 ロボライダーへの変身を瞬時に遂げた光太郎に、ゼストは驚きながら口から大量の血を吐いた。 握り締められた拳は、強引に体勢を崩された体へと打ち込まれていた。 「ゼスト…!?」 それを見て声を挙げるルーテシアとガリューにロボライダーがRXであった頃よりも硬く冷えた複眼を向ける。 「ガリュー、ゼストを…え?」 ガリューは、主人の命に反して彼女を抱え込んだ。 半ば倒れたゼストの腕が、示し合わせたようにロボライダーの体を掴む。 ルーテシアを抱えたガリューは、脇目も振らずにその場から離脱していった。 自分の動きを阻害するゼストを払いのけ、高速で離脱していくガリューの姿をロボライダーは目で追った。 かなりの速度で離れていくガリューの姿は見る間に小さくなっていく。 払いのけたゼストに拳を振り下ろしたロボライダーの右手が銃を握る形で太ももへ添えられ、光がボルテック・シューターを生み出す。 ガリューはかなりのスピードで離脱しようとしているが、ボルテック・シューターならまだ容易く打ち落とせる距離に過ぎない。 だが引き金を引けばガリューと少女を同時に貫いてしまう事になるだろう。 今男を倒したように…魔法と違ってRXの肉体は、とても不便な事に、容易に肉体へ回復不能のダメージを与えてしまうのだ。 『RXさん大変です!! クラナガンで事件が発生し、貴方に救援要請が来ています!!』 「わかった。直ぐに向かう…」 ロボライダーは力が抜けてしまったのか、だらりとボルテック・シューターを下ろした。 仮面からは、今の感情を読み取る事はできない。 取り出した時と同じく腿に添えられたボルテック・シューターは光となって消えていく。 「すまない。男の方は倒したが、少女の方は逃がしてしまった」 『わかりました。こちらで出来るだけフォローをしておきます。今は事件の方をお願いします』 RXはゲルと化して、首都へと戻っていった。 元々スカリエッティの処置に問題があったのか、多大な負担を体に強いた直後にカウンターを加えられたゼストは収容された後治療の甲斐なく再び命を落とした。 既に死亡したことになっていた彼の遺体は内々に処理された。 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3256.html
カートリッジとして積み込んだロストロギア『ジュエルシード』の莫大なエネルギーによって限界を超えて加速し続ける偽ライドロン。 それを全身で止めようとするロボライダーの足を硬い顎で噛みながら、空気を入れ続けられる風船のように内側から光が溢れていく。 ロボライダーには何の表情も浮かぶ事はなく、血で出来た涙が一筋頬を伝う仮面は光に照らされて偽ライドロンに押し込まれ、路面を破壊しながら進む街並みを複眼に映していた。 だがロボット然とした体の内側は激情に猛り狂っていた。 最後には爆発すると言うスカリエッティの言葉をロボライダーは疑ってはいなかった。 嘘をつく理由はなく、何よりも今受け止めている偽ライドロンの限界が近づいている事が、硬い表皮越しに感じられる。 仲間であるライドロンと同じ形をした車を使い捨ての爆弾に仕立て上げたこと。 そんなものをこの街で爆破させようとしていること。 それにウーノが加担していること、 怒りか悲しみか、憎悪か様々な感情が入り乱れ彼の目の前で今にも破裂しそうに光る車と同じように、光太郎の体から溢れそうな程渦巻いていた。 そこへ徐々にフェイトが近づこうとしていた。 「ロボライダー! もう少し堪えてください!!」 複眼に写る景色に剣を振うフェイトの姿が強く映し出されていた。 ロボライダーが見慣れたバトルジャケットではない。 より軽装になり手足を晒した真ソニックと名付けた姿だった。 ロボライダーが押さえ込んでいるとはいえ加速を続ける偽ライドロンに追いつくには、普段のフォームでは無理か時間がかかりすぎると判断したのだろう。 瞬きするほどの間に対向車を吹き飛ばして進む偽ライドロンへと、フェイトは追いつこうとしていた。 迫るフェイトの周囲に金色の光が流れ、雷の槍が生み出されたかと思うと偽ライドロンの4つのタイヤへと降り注ぐ。 恐らくは全ての車輪を破壊し動きを止めようという意図を持って、撃ち出された魔法。 だがそれは、車を包む光に触れた瞬間に消滅した。 ロボライダーとフェイトの間に動揺が走る。 AMF、とフェイトの唇が動いた。 フェイトが携えた剣型のバルディッシュは『ジャマーフィールド』と言う。 魔力結合・魔力効果発生を無効にするフィールド系の上位魔法でフィールド内では攻撃魔法はもちろん、飛行や防御、機動や移動に関する魔法も妨害することが出来る。 スカリエッティの作り出した兵器、ガジェットドローンが標準で装備している魔法は…当然偽ライドロンにも組み込まれていた。 ジュエルシードの莫大なエネルギーを使って形成されたAMFがどれ程の濃度を持っているかは不明だったが、フェイトはそんなことを考える必要のない手段へと攻撃を切り替えていた。 天候操作と遠隔攻撃魔法。二つを同時に行い自然現象として発生させた雷が車に降り注ぐ。 だがそれも車をショートさせるには至らず、周囲を停電させるだけに終わる。 一瞬動揺を見せたロボライダーの体が、T字路の交差点に差し掛かりそこで店を構えていたパブをぶち抜いた。 パブを貫いて再び道路に出たロボライダーの横にフェイトが降りてくる。 次の手を打つ為に相談をしようとしたのだろうが、ある程度の距離まで近づいた瞬間その体は魔法の制御を離れてバランスを崩した。 「えっ?」 驚くフェイトの姿を複眼はしっかりと視界の中に入れている。 AMFの威力によってフェイトの体を、ロボライダーは車を抑えていた片手を離して掴んだ。 引き寄せられたフェイトの肌に硬い外皮の冷たさが伝わり、フェイトは少し赤くなった。 「すみませんロボライダー! まさかココまで強力とは…」 「フェイト! コレはジュエルシードを積んでいてもうすぐ爆発する…何か手を知らないか!?」 フェイトが息を呑んだ。 過去に深く関わったジュエルシードが今どうなっているか知っているフェイトにとってはありえないことだった。 現在ジュエルシードは全て管理局遺失物管理部で保管しているはずなのだ。 だが、ロボライダーが嘘を言っているとも思えなかった。 どうして車に組み込まれているのか考えるのを後回しにし、フェイトはロボライダーに言う。 「ジュエルシードを露出させることさえ出来れば…」 今こうしている間も強力なAMFの影響から脱しようとしているせいで不安は残るが、フェイトは決意を込めて言う。 「私が責任を持って封印します!」 「分かった。俺に任せろ!」 そう言うと、ロボライダーはフェイトの体を空中に投げ捨てた。 車は走り去り、AMFの効果範囲から抜け出たフェイトは再び高速で空を飛び、彼等を追いかけていった。 押えていた手を一つに減らしたロボライダーの腕が、振り上げられ拳が強く握り締められる。 その背後には、時空管理局のミッドチルダ地上本部が見えていた。 震える程握り締められた拳が偽ライドロンに振り下ろされる。 魔法など一切関係ない豪腕が車体を貫き、力任せに装甲が剥がされていく。 車内に溢れていたエネルギーが漏れ出して周囲を破壊していくが、ロボライダーはそれにも全く傷を負うことはなかった。 衝突で受けるダメージも降り注ぐ日の光を吸収し、深いダメージには至っていない。 ロボライダー、光太郎は…偽ライドロンの何処にジュエルシードが埋め込まれているのかよく分かっていた。 光太郎が設計図を受け取り、完成させた車のほぼ正確なコピーなのだから。 …スカリエッティが言っていた再現できなかった部分を開くと光り輝く宝石が嵌められた見慣れない機械が積まれていた。 そこにフェイトが幼い頃に使った魔法を放つ。 AMFを貫く為に一工夫施された魔法がジュエルシードに衝突し、光を失う。 それを見て、ロボライダーは嫌な予感がした。 ゴルゴムやクライシスと戦っていた時の馴染んだ感覚…改造人間の超感覚が僅かな観察から回答を生み出し、光太郎に嫌な予感という形となるそれ。 ジュエルシードの傍に接続されている小さな機械が、音もなく動き出していた。 「スカリエッティの仕業かッ…!!」 ロボライダーがそう叫んだ瞬間、ジュエルシードは内包する全エネルギーを無差別解放する。 光太郎がライドロンの構造から偽ライドロンに埋め込まれたジュエルシードの位置を割り出したように。 スカリエッティは彼等がジュエルシードを見つけた場合どうするのか、数通りの対策を用意していたのだ。 埋め込まれた装置が動作し、小規模の次元震が発生しようとする。 ロボライダーは生き残るだろう。 だが、街や今封印を施したフェイトは無事ではすまない。 直感的にそうロボライダーが悟った時… その時………不思議な事が起こった。 * 翌日、薄暗いトレーニングルームでレジアスはデッドリフトをしながら友人を待っていた。 彼が購読している新聞に広告として載せたのだが、果たして気付いてもらえたかどうか…既に日は落ちて職員も殆ど残っていない。 目に入るのは器具以外では新聞一つだけ。大きく掲載されているのは暴走する車を止めようとするライダーと執務官の写真だった。 その隅に小さく二人の女仮面ライダーが戦ったという記事と、更に小さく一部が破壊された施設の前で膝を突く狸娘の写真が小さく掲載されている。 「ザマァwww…ゴホンッ、いい様だが……由々しき事態だな」 ちなみに見た目以上に過酷なこのトレーニングは腰を破壊しかねず素人が一人でやることはお勧めしない。 レジアスも若き頃には友と競い合うように回数だけに拘っていたが、老いた今完璧なフォームを身に着けた彼の動きはネットで公開され後輩達の手本とされている。 数ある中で(筋肉が)美しきゼストと(筋肉が)燻し銀のレジアスの動画は目的を同じとする動画においては最も視聴されているらしい。 予定していた回数を行ったレジアスの元に、黒い怪人が姿を見せる。 レジアスがトレーニングを終えるのを待っていたようなタイミングだった。 「呼び出してスマンな」 「構わん。だが、余り時間を取る事は出来ない」 「BLACK。お前の考えていることは分かる。スカリエッティを探しに行こうというのだろう?」 「ああ…お前にもバレていたのか?」 「当然だ。お前がミナミコウタロウだということ位知っておる。アパートの大家には保障も考えよう」 ミナミコウタロウの同居人であったウーノとセッテが行方知れずとなり、その直前にBLACKの相棒である女ライダーと彼女と良く似た女ライダーが戦っている姿が目撃されている。 その際に、ミナミコウタロウの住んでいたアパートは破壊されていた。 暴走車の一件も、車が消滅した後仮面ライダーがすぐに立ち去らず、少しの間とはいえその場に留まっていたらしいという情報から考えると、なんらかの因縁があるのだろうとレジアスは考えていた。 RXはすぐに言葉を返さなかったが、レジアスにはRXがこの街を離れて犯人を捜しに行こうとしているのが分かった。 彼が現れて犯罪者をレジアスに引き渡すようになってから何年か経っている。 会っている時間は短かったが、RXが今どう動きたいかを察するには十分な時間だった。 「敢えて言おう。仮面ライダー、お前はココに残れ」 「それは出来ない。奴の狙いは俺だ。また今回のようなことが起これば、次こそ誰かが命を落とす」 RXの返事に迷いはなかった。 声だけでなく、胸を張って立つ姿は強い意志によって、普段の二周りも三周りも大きく見えた。 そんなRXは無敵の、それこそ教会でうたわれる古代ベルカの王が現世に姿を見せたようにさえ感じられた。 それゆえにレジアスは不安を覚えた。誰よりも信頼していた友がレジアスの忠告を無視してスカリエッティの基地に突入して死亡してしまった。 友がスカリエッティの基地に突入する直前、上から命令されたレジアスは友に止めるよう命令し、別の命令を下した。 管理局の暗部と犯罪者が既に彼等の行動を察知していることなど分かったはずだ。 だが友は相手を侮っていた。 たかが次の命令を待たずに突入するだけでどうにかなる程度の相手だと考えてか、突入を決行し死んでしまったのだ。 その経験がレジアスに不要な心配をさせていた。 「BLACK。ワシがスカリエッティのスポンサーの一人だ」 「なん…だって」 波が引くように、周囲から音が消えた。 虫の音だけではない。施設の全ての機械が動きを止めていた。 どんな理屈かレジアスに理解する事は出来なかったが、目の前で爛々と光る赤い目。額で光るセンサーらしきものの不吉な輝きが危険すぎることはわかった。 知らぬ間に震えだした体を叱咤し、口を動かす事が出来たのは過去の出来事で出来た古傷のお陰だった。 今なら監視もないだろうと、レジアスは声高に叫んだ。 「戦力が、どれだけ不足しているかは知っておるだろう!! 暗部と手を組んででも、戦力を整えていくことが俺が地上の為に出来る事だった!!」 RXが肩を微かに動かしただけで、レジアスの体は震えたが口はよく動くようになった。 「戦闘機人が人道に反していようと、俺にはミッドチルダの平和を守り、陸士も家族の下に返す義務を果たすには他の手はない!!」 「馬鹿なことを言うなッ、他の手はないというのか!?」 「あるものかッ!! 本局さえ戦力が足りんッ…陸に最低限必要な戦力を確保しようとするだけで反対されるほど足りん!!」 叫ぶレジアスに、少し冷静さを取り戻したのかRXからの圧力が減り、レジアスはようやく自分の呼吸が荒くなっている事に気付いた。 「お前は形だけ六課に所属しろ。それで今は黙らせる。スカリエッティがお前を狙っていることは知っている…奴が動く瞬間を狙え」 「六課に…?」 疑問の声を発するRXに、レジアスは頷いた。 RXが暴走車を消した一件以来、教会が突然RXに対し警戒する姿勢を見せ始めていた。 これまでマスクド・ライダーに対する教会の態度は好意的だった。 レアスキルを有難がり、よく当たる占い程度の精度しかない予言を信じて曰くつきの連中を集め、新部隊を設立する為に暗躍する連中がどういった考えで態度を変えたのかはレジアスにもまだ分かっていなかった。 今スカリエッティへ遮二無二突撃させたくないが、レジアスは教会の思惑に乗るのも気に入らないと考えていた。 レジアスのレアスキル嫌いを彼等は見下し、レジアスは個人の技能任せやよく当たる占いの結果などに莫大な予算を注ぎ込み、規則の裏をかいて人材を集中する彼等を憎む。 広大な空を守り抜くには人材が不足している為最も効果のある手段を選び、それが結果としてレアスキルを信用する傾向となって現れる教会と管理局本局。 レアスキルなど持たない者しか陸に残らない為、対症療法的な計画ばかりで対処するやり方に納得することは出来ない地上本部の溝は深かった。 数年前から『地上本部が倒れるのを先駆けに管理局が崩れ落ちる』という予言を防ぐ為教会は本局に働きかけ、もう直ぐ予言を阻止する為に六課という部隊を新たに設立、運用することを決定している。 その部隊には、RXと行動を共にしていたという連中が所属する予定になっていた。 レジアスとしてはそこにRXを入れ、悪く言えば教会の重鎮に伝手のある彼等の情に付け込んで教会と本局の動きを止めると同時にRXにこれまで通りの働きをしてもらいたいのだった。 逆にレジアスも六課を叩く事が出来なくなるが… 「…この街にいる犯罪者の相手を陸士達が出来るようにはなっていないのか」 「…その通りだ。お前には、感謝している…だが、俺達のヒーローになった責任は果たしてもらうぞ!!」 RXがポツリと零した言葉にレジアスは深く頷いた。 マスクド・ライダーに対抗するように、ミッドチルダの犯罪者達は強力になった。 それでも治安が良くなっているのは、ライダーという強力な助っ人がいるからだ。 RX目当てに集まった犯罪者達が、RXがいなくなると同時にいなくなるかと言えばそんな事は無いだろう。 それに対応できる程の人材は、今の地上本部には存在していない。 ライダー二人の戦力が少なく見積もってもSランク魔導師と同等という地上には有り得ない戦力を本局から引っ張ってくるのは容易ではないし、その間に出る被害は地上本部が負担するには重すぎる。 「上層部はライダーを捕らえるよう命じ、現場はそれに従わずお前に協力する…この構図を餌に陸の人員を増やしておる。 お前の協力で浮いた資金で装備を整え、対策を練らせる。市民達も、現場の人間には協力的だ。だが、まだ足りん…後10年、最低でも5年は必要だ」 RXはレジアスの心情をある程度理解しているのか、ゆっくりと頷いた。 「……わかった。俺に事件の情報が入るように手を回しておいてくれ。伝手がなくなってしまったからな」 「任せておけ…所詮、俺に出来るのはそこまでだ」 二人は頷きあい、レジアスは満足した様子でRXの消えた辺りを暫く眺めた後、シャワーを浴びて帰っていった。 「…長官、お疲れ様でした」 「君か。分かっているだろうが、今ココで見たものは他言無用だ」 「分かっております…その代わり、今度食事でも如何でしょうか?」 「……その話は断ったはずだ。君の気持ちは嬉しいが、年齢もある」 「細かい事はいいじゃありませんか。オーリスも説得して見せますわ」 外で待機していた秘書と只ならぬ様子で去っていくレジアスを見送って、RXも月明かりに生まれる影に溶け込むようにして消える。 脳裏に浮かぶのは戦闘跡の残るアパートでも、偽ライドロンによって破壊された六課宿舎の前で膝をつくはやての姿でもなかった。 ジュエルシードのエネルギーによって小規模の次元震が発生する一瞬の時間。不思議な事が起きた。 あの瞬間、光太郎は咄嗟にキングストーンエネルギーをベルトから照射するキングストーンフラッシュを行った。 レリックの際は暴走を止める手にはなりえないと思ったが、フェイトによって封印されていたことがうまく働いているのか、効力があるように感じたからだ。 光太郎の直感通り、幻術を破ったり洗脳を解くなど様々な効果を持つそれによってジュエルシードの活動は停止した……だがそれと同時に道路や偽ライドロンの一部が消失していることも光太郎は見逃さなかった。 キングストーンが二つに増えたせいで強化されたというような印象ではなかった。 別の力が、RXの体から生み出され制御仕切れずに放たれてしまっていた。 アレはもっと、より純粋に破壊する力だった。 乱れきった感情に呼応したキングストーンの不思議な力が、新たに創世王としての能力を目覚めさせたのかもしれない。 今ならば、その力だけを放つ事も出来るという奇妙な確信が、光太郎にはあった。 もし放つなら、ベルトからよりも頭部の、額にあるセンサーから放つ方が良いということも分かる。 そうすれば、ジュエルシードだけを消し去る事も可能だろう。 つまり今後再びジュエルシードやレリックによる大規模破壊を仕掛けられても防ぐことが出来るようになったのだ。 それでもレジアスに説得されるまでミッドチルダを出る気でいたのは、今回ウーノとセッテが去ってしまったことが大きく関係していた。 争った形跡があったので、連れ去られたのか付いていったのかはわからない。 ただ二人が去った事がゴルゴムとクライシス帝国。二度の戦いで大きな犠牲を払ったことを強く思い出させたのだった。 同居していた二人が消えたこと、偽物とはいえ仲間であるライドロンと同じ姿をした物をこの手で破壊したことが光太郎の心を強く揺さぶり、悪い方向へと傾けていた。 光太郎の心は、新たな能力を身に着けたことを喜ぶよりも、助けられなかった命に対する後悔で沈み込もうとしていた。 最初のレリックの事件を思い出し、 あの時に今ほど直感が働いていれば… もっと強い感情の動きがあり、この力を身に着けていれば… 空港での被害はもっと小さなものに抑えられていたはずだと考えてしまっていた。 その一方で理性では詮無い事だとはわかっている。 弱気になっているだけでなく、故郷の先輩達に比べて自分は余りにも奇跡頼りになってしまっている…そう考えていた。 ジュエルシードがエネルギーを開放した瞬間に、この力を使いこなす事が出来なかったのも自分の未熟さ故のことだ。 そうした気持ちを零す相手は今傍にはいない。 クロノ達は能力について話し、策を練り、敵を追い詰める同志ではあるかもしれないが、先輩ライダーのように悩みを打ち明けるような相手ではない。 フェイトらとは、特にフェイトとは図らずも付き合うことにはなっていたが、年齢から無意識の内に光太郎の中には保護者を気取る気持ちが生まれ、足かせとなって弱音を吐く事を躊躇わせていた。 あるいははやてとの主従関係さえなければ、シグナムには悩みを零してしまっていたかもしれないが。 数年ぶりに一人、戻る家もなく過ごす夜は光太郎の悩みを深くさせ、光太郎の心を鋭く尖らせようとしていた。 BLACKとして戦った時に持っていた強さとは違う。 RXとなりクライシスと戦っていた時の強さとも違う…先輩ライダー達のような強さが、光太郎の手には今はまだなかった。 一方、その現象を準備万端で観測していたスカリエッティは、今にも不思議な踊りでも踊りだしそうな勢いで喜んでいた。 壁に設置された巨大なモニターでは、ロボライダーが偽ライドロンを消し去る瞬間が何度も繰り返し映され、その隣に得られた値が表示されている。 「ドクター、何か分かったのですか?」 スカリエッティの要請により、再び彼の秘書に戻ったウーノが怪しい動きをしているスカリエッティに尋ねた。 「君達の使っている力とも魔力とも違うということはわかったよ。THEとでも名付けよう」 「?」 「超破壊エネルギー。略してT・H・E」 得意げに言うスカリエッティにウーノはうんざりしたような顔で言う。 「相変わらずセンスがありませんわね」 戻ってきたばかりの娘の言葉を、スカリエッティは聞こえないふりをしてやり過ごす。 「セッテの再改造の準備はどうだね?」 何も言わずにロボライダーの映像は消えて、姉と共に帰還したセッテの姿が映し出された。 一瞥したスカリエッティは満足げに頷く。 「ドクター」 「なんだね?」 「どうして教会が光…ライダーを危険視し始めたのでしょうか?」 「古い結晶と無限の欲望が集い交わる地、死せる王の下、聖地よりかの翼が蘇る。 死者が踊り、なかつ大地の法の塔は虚しく焼け落ち、それを先駆けに数多の海を守る方の船も砕け落ちる…」 突然管理局から横流しされている情報の一つである予言を口にしたスカリエッティにウーノは首を傾げた。 予言の内容についてはウーノも目を通していた。 「ライダーが予言成就に関係があると考えているのさ。彼等ならそう考えるのも仕方ないだがね」 「マスクド・ライダーはヒーロー扱いを受けていると思っていましたわ。何を根拠にそう考えたのですか?」 何の証拠もなしに光太郎を警戒する者達を嘲笑するウーノを、スカリエッティは笑みを浮かべたまま生暖かい目で見つめていた。 素性の知れない飛蝗怪人を警戒するのは当然のことで、むしろ今これほど一般に受け入れられていることこそ不思議だとスカリエッティは思っていた。 どうしてウーノが贔屓目で見ているのか想像したスカリエッティが生暖かい目をしたのは仕方がないことだった。 「教会に伝わる逸話に、彼等の奉じる聖王陛下が異世界の魔王に負かされるという話があるのさ」 「逸話…?」 「そう。旧暦462年の大規模次元震後に突然出来たおとぎ話の中に、侵略しようとした魔王を命と引き換えに退けるという話があってね。その魔王は、緋色のマントを羽織った飛蝗の姿で描かれ、稲妻を持って敵を打ち滅ぼす」 旧暦462年は大規模次元震により古代ベルカを含む複数の世界が崩壊した。 一説では聖王の乗る戦船が原因だったとされているが…スカリエッティが語った今の話はウーノも初耳だった。 「他には全ての世界を我が物としようとした聖王陛下が、クク。飛蝗の群れに食われてしまうという話もあったかな? 全てを喰らい尽くす蝗の群れが、『聖王の欲望』を表していて、欲望のままに振舞う者は自らの欲望によって滅びるのだとということを意味しているらしいがね。原型を調べていくと、聖王を喰らったのは飛蝗なのさ」 そう言って、画面上にその逸話が描かれた文献を表示させて大声で笑い始めるスカリエッティ。 文献を背景に笑う創造主を視界に納めながら、ウーノはたかがそんな話だけで光太郎と古代ベルカの間に奇妙な因縁を感じた自分に苛立ちを覚えた。 「馬鹿馬鹿しい…ヴィヴィオ・ハラオウンやシグナムと知り合ったのは偶然よ」 小さな声で呟かれた内容を高笑いしながらもスカリエッティは聞き逃さなかった。 笑うのを止めて、素の表情に戻ったスカリエッティが言う。 「勿論彼等が信じるようになったのはドゥーエのお陰だがね」 前へ 目次へ 次へ